癌との共存を目指しています。
化学療法の2日間と化学療法後の3日間、下痢が続き、このうちの2日間は、血便も見られた。何日間か食欲の低下も見られた。全身倦怠感は減った。その旨を主治医に伝えた。
主治医は、5-FUのみの減量を提案。渋々であるが、これに僕も同意した。
従って、次回(11回目、10月16日~18日)、次々回(12回目、10月30日~11月1日)は、オキサリプラチンは前回と同量、5-FUは、前回から25%くらい減量することになった。
検査の予定については、11月下旬か12月前半にCTを撮ります、とのこと。大体、3ヶ月毎に画像(CTかPET-CT)での評価を行います、とのこと。なお、PET-CTをいついつ撮ります、という話は出なかった。

今回の診察は、主治医の先生は時間と心に余裕があるようだったので、僕が考えていることを伝えた。「stage Ⅳでmuliple metastasis(多発転移)があるのに、こんなことを言うのもなんですが、今は仕事をしていませんが、いずれは復職したいと思っています。(薬は)仕事が出来るくらいの量にしたいです。癌は縮小しなくても、大きくならなければ良い、と考えています。先生もご存知だとは思いますが、休眠療法をしたいです。」と話した。
主治医曰く「化学療法では、癌の根治は難しいです。」とのこと。
僕が「治療(化学療法)は、エンドレスですよね。」と確認すると、(CTなどでの画像による)評価を続けていきながら診て行きたいと思う、とのこと。
僕が5-FUだけではなく、オキサリプラチンの方も減らして欲しい旨、伝えると、主治医は「オキサリプラチンをこれ以上減らすと、(オキサリプラチンを)行っていないのと同じになってしまいます。5-FUだけになってしまいます。これでは昔の治療と変わらないです。」と言う。主治医の頭の中では、「5-FUは、あまり効かない。」となっているようだ。
加えて、「じゃあ、FOLFIRIに替えると、下痢は更に強くなる。(のっぽさんには)化学療法の適応はない、となります。」と言う。
相変わらず、一言、多い人だな、と思った。大阪府下では、岸和田市民病院の消化器内科が、休眠療法を行っています、とホームページに記載しているが、岸和田市民病院まで行くのは遠いし、病院を変わるのは面倒臭い。今通っている病院のスタッフ(外科の受付の方、外来の看護師さん、化学療法室の看護師さん、採血室の看護師さん、会計の方などなど)とも、せっかく仲良くなったのに。

主治医はどうも前回(10回目、10月2日~4日)の用量で行ける、と踏んでいたようだ。実際、かなり楽になった。しかし、僕は今すぐ復職するかどうかは別として、常勤で仕事が出来るくらいの用量にして欲しい。その辺に、ボタンの掛け違いがあるようだ。

あと、主治医の発言を思い出してみると、「手のしびれがなければ、(オキサリプラチンの減量は不適当だと思う、もしくは、今の用量でいいじゃないですか。)」とか「こんなに量を減らして使っている人は他にいないです。」というのがあった。

主治医は残念ながら、標準的な投与量、投与法を信奉しているようだ。そう考えると、よく折れてくれているとも取れるが。

退室する間際に僕が「有難うございました。」と言うと、主治医は「お大事になさって下さい。」とこちらを向いて、はっきりと言った。僕の記憶では、初めてのことである。今日の僕の話は、どれくらい通じたのだろうか。

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【2008/10/10 21:46】 | 診察
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No title
サバ
こんばんは。毎回お辛いですね…。
薬の減量、きっと難しい提案ですよね。
普通に考えたら百人いて百人違うがんなのに標準治療って???とか私は思ってしまいます。
でも患者側がリスクもわかっていて減量を望むのであれば、それは挑戦してもいいのではないでしょうか。
私たちのお世話になっている主治医の先生(二人いて殆どの場合二人で話を聞いていただいてます。)は、本当にゆっくり話を聞いてくれ(一時間以上は普通です)、西洋医学以外の事も受け入れてくれます(決して認めてくれませんが)。はっきり「小さくなればラッキーですけれど、広がらなければいいのです」伝えてます。この頃「そのような考え方もあるようですね。」と言ってもらえる様になりました。
フォルフォクス2クール目以降、白血球がギリギリ落ちてしまって先生が中止もアリですが減量で投与の考え方もありますとのアドバイスいただきました。それからパートナーの調子もいいので-1の減量のままで現在きてます。それがいいのか大きな副作用も出ないのかもとか思ったりします。
とても信頼出来る先生に出会えて私たちは幸せだと感謝してます。
一度、休眠療法の病院に行かれて先生のお話聞かれてみるのも一つかと。





「生き方」の問題
のっぽ187
サバさん

>この頃「そのような考え方もあるようですね。」と言ってもらえる様になりました。

そんなレベル(知名度)なのかもしれませんね、休眠療法って。
僕が今日、休眠療法について話した時は、向こうの反応を見る分には、「知っていますよ。」という感じでした。

サバさんのパートナーの主治医の先生、いい先生みたいですね。

こういう状況で、どうすべきか、というのは、まさに「生き方」の問題ですが、主治医の先生が(休眠療法を)受け入れてくれることをもう少しの間、期待してみようかな、と思っています。
次に移るのも、有望な選択肢だとも思います。ただ、何となく(それこそ直感で、かな?)、待ってみようと思いました。

No title
のらくろ
休眠療法は多くのお医者様にとって、案外やりたくても
なかなか やれる機会がないってこともあるのではないでしょうか。
(今の日本では、したい治療を自由に行える環境にはないと思います)
標準的治療から踏み出すというのは、きっと勇気のいることだと思います。
主治医の先生と のっぽ先生の今後の対話に期待してます。 

休眠療法が行われるに当たって
のっぽ187
のらくろさん

有難うございます。

>休眠療法は多くのお医者様にとって、案外やりたくても
なかなか やれる機会がないってこともあるのではないでしょうか。

非常に的を得た指摘だと思います。
休眠療法をなかなかやる機会がない理由としては、
1)自分から言い出す訳には行かない。エビデンスのないものを薦める訳には(立場上、)行かない。一方では、エビデンスのある治療法(標準的な投与量、投与法)があるので、なおさらである。もし、自分から休眠療法を提案して、その結果、患者さんの転帰が悪かった場合、どうなのか、ということですよね。もっと言うと、それで責任を問われるかもしれない。エビデンスに依存するというのは、言葉が悪いですが、責任を逃れるため、という側面もあると思います。
2)患者さんから申し出るというケースは非常に少ない(と思われる)。
まず、患者さんか家族が休眠療法を知っていないといけない。そして、それを十分理解し、それと心中をする覚悟が必要である。(4期の患者さんがそれを申し出るということは、そういうことである。)
日本の風土はまだ封建的なところが残っていて(全く悪いところだとは思わないが)、患者さんサイドから医者に「これこれ、こういう治療をして欲しいんです。して下さい。」とは言い出しにくい。少なくとも僕はそうである。(そういう精神風土を持っている。)

>標準的治療から踏み出すというのは、きっと勇気のいることだと思います。

素晴らしい指摘ですね!目からうろこが落ちました。
きっと医者サイド(主治医サイド)から見ると、そうなのでしょうね。

>主治医の先生と のっぽ先生の今後の対話に期待してます。

全く駄目という感じではないと(僕の直感では)思います。
今日の診察でもQOLのことに話が及ぶと「それは先生(主治医は僕のことを先生と言う)が決めることです。」と言っていました。少なくとも理屈では、「患者がQOLを重視した治療を望むのであれば、主治医はそれに従わないといけない。例え、それが(主治医が考える)ベストの治療ではないとしても。」を分かっているんだと思います。

書いて思ったのですが、主治医はきっと、標準的な投与量、投与法による治療もしくはそれに準ずる治療が今の僕にとって(主治医の価値観から見て)ベストである、と考えているのでしょう。「私の考えている方法の方が長生きできるよ(期待される生存期間は長いですよ)。」と。
期待される生存期間が長いですよ、と書きましたが、この考えを進めていくと、証拠のある治療法へ、標準的な治療法へ、ということになってしまうのでしょうね。休眠療法はエビデンスすなわち証拠がないので、「どの程度、生き延びられるか不明。」「期待される生存期間は不明。」ということになってしまいますよね。

No title
アンズ
ガンに向き合ってる医師なら「休眠療法」の存在は知ってるでしょう。ただ院内のカンファレンスを通すだけのエビデンスもないし、標準から外れることによる責任は重大ですから、のっぽさんの主治医の気持ちも理解できます。

腫瘍が大きくならなければ、本当に今の活動状態を維持できるのか?
標準量を投与していても、憎悪するケースが多いのでは無いか?

私もずっと疑問なのです。
今、岸和田病院のホームページを見たら、メール相談に応じているようですね。セカンドを取るとなうとちょっと大変でしょうが、メール相談なら気軽ですよね。もうされているかもしれませんね。

変化の途中
カノン
のっぽ先生、お見事でした!さすがです。
主治医の先生、また少し変わりましたね。

働くことは私たちの権利であるということ、(すぐということではなく
ても)仕事をすることがご自身のためであると同時に、精神疾患
に苦しんでいる患者さんのためでもあるということ、経験を活かし
て、より良い精神科医さんになる自信と希望があること、そういう
のっぽ先生の気概が、主治医さんをして、真っ直ぐに向かい合う
姿勢に変えているのではないか、と思います。
強い決意の前では、誰しも襟を正すものなのですね。

休眠療法を受け入れてほしいと願いながらも、今年の3月まで
エビデンスに則って治療をしてこられたお立場から、自分のやり方
を手放さなければならない主治医さんの心の葛藤を、一番理解でき
るのも、のっぽ先生でいらっしゃるという図式が成り立つのかもしれ
ません。

主治医さんの余計な一言は、本当に言わなくてもよいことですね。
その一言を口にしないでいられるかどうかで、その先生の人格が
わかるのではないか、という気すらしてきます。
医療現場で、ここまで言うと患者さんが傷つく、または、希望の芽
を摘むことになってしまうという見極めは、最終的には、医師の心
の温かさにかかってくるように思います。

前回は、長期入院の患者さんについて、丁寧なご返信を本当に
ありがとうございました。私も、病院の購買で、お菓子や飲料水
を抱える患者さんたちの体形を思い出して、のっぽ先生のご意見
に、心から賛同します。
精神保健福祉士さんを重要視している大学の先生は、講義の中で
「長期入院の7万人の患者さんも、地域できちんと受け入れられれ
ば、普通に暮らせます」と言っています。???です。

どういう立場に立つかによって、すべてのことは違って見えるもの
なのですね。



ご指摘、有難うございます。
のっぽ187
アンズさん

>標準から外れることによる責任は重大ですから

うまく行かなかった場合、どうなんだ、ということですよね。

>標準量を投与していても、憎悪するケースが多いのでは無いか?

標準量より少量が勝ることを比較試験で証明しないと、エビデンスを信奉する医者を納得させることは難しいですよね。

>今、岸和田病院のホームページを見たら、メール相談に応じているようですね。

ご指摘、有難うございます。見落としていました。
今の主治医で行くか、休眠療法をやっているところを近くで探し、そちらに変わるか(今のところ、岸和田市民病院が一番近い。)、難しいところですが、今の主治医でもう少し行ってみようと思っています。何となく、そうした方がいいかな、と思いました。

人の心の温かさは、試験では評価できない。
のっぽ187
カノンさん

>のっぽ先生、お見事でした!さすがです。

そう言われると、嬉しいですね。有難うございます。

>主治医の先生、また少し変わりましたね。

少しずつ変わって行っているようなので、出来れば、今の主治医のままで行けたらいいな、と思っています。

>のっぽ先生の気概が、主治医さんをして、真っ直ぐに向かい合う
姿勢に変えているのではないか、と思います。

有難うございます。
30歳代、40歳代で、バリバリ働いていた患者さんにエンドレスに化学療法を行わないといけない、という状況が今まであまり(もしかすると全く?)なかったのかも知れません。そんな気がします。
ならば、ここは僕がパイオニアになって、などと思っている次第です。(他にもっと耕しやすい土地があるのかも知れませんが。)

>休眠療法を受け入れてほしいと願いながらも、今年の3月まで
エビデンスに則って治療をしてこられたお立場から、

エビデンス外のことをする、ガイドライン外のことをする場合、まず気になることが「結果が悪かった場合、どうするんだ。」ということですよね。次に気になるのが同僚(もしくは上司)の目ですよね。個人的な観測なのですが、医者は自分が診療する際、同僚の目を結構、気にしますね。それがその医者のスキルをアップさせるのに効果的であるという面があるので、同僚の目を気にすること自体は悪いことではないのですが。

>その一言を口にしないでいられるかどうかで、その先生の人格がわかるのではないか、という気すらしてきます。

自制心の有無を見て取れるな、と思っていたのですが、そうですね、人格が分かりますね。人格のうち、自制心の有無というのが大きなウエイトを占めているとも言えるのでしょうが。

>医療現場で、ここまで言うと患者さんが傷つく、または、希望の芽を摘むことになってしまうという見極めは、最終的には、医師の心 の温かさにかかってくるように思います。

僕は1992年に大学に入学しました。医学部を2校、受けました。2校 とも面接がありました。
しかし、数分の面接で、人の心の温かさをふるいに掛けることは出来ないですよね。そもそも試験官自体が、人としての心の温かさを有していたのだろうか、と思います。
試験で、人の心の温かさを評価できない以上、医者に当たりはずれがあるというのは避けられないと思います。

「じゃあ、どうすればいいのか。」これは、患者側が考える問題ですよね。

>私も、病院の購買で、お菓子や飲料水を抱える患者さんたちの体形を思い出して、のっぽ先生のご意見に、心から賛同します。

退院させると、食生活が乱れ、糖尿病が悪化する可能性が高い患者さんをどうしたら良いか、というのは、少し考えさせられる問題ですよね。
1)退院を希望すれば、退院させるべきである。
→若くして脳梗塞を起こし、半身不随になったとしても、それは患者さんが自分で判断し希望したことだから、その結果は自分で負うべきである。
2)若くして脳梗塞を起こすのが予見されるのであれば、入院という名の保護的な環境の下で生活を続ける方が患者さんのためになろう。
→現実的な判断だと僕は考えているのですが、これって、余計なお世話という面もありますよね。

あと、「この患者さん、退院させたら、火の不始末を起こすだろうな。」と思われる患者さんが退院を希望したら・・・難しいですよね。
1)のところが、自分で判断したことの結果を自分で責任が取れる範囲のことであれば良いのですが、自分で責任が取れない範囲のことに広がり得る場合(アパートの隣の部屋に火が燃え広がった、だとか。)、どうなんだ、ということになりますよね。

>精神保健福祉士さんを重要視している大学の先生は、講義の中で「長期入院の7万人の患者さんも、地域できちんと受け入れられれば、普通に暮らせます」と言っています。???です。

上記が、現場の意見です。
糖尿病の悪化→脳梗塞(半身不随、失語症)が起こりやすくなる、糖尿病性網膜症(失明してしまう)を起こすかもしれない。
火の不始末→火災
自分で服薬を止めてしまう。→幻覚妄想が再発もしくは増悪すると、近隣の人が迷惑する。(隣近所の人が妄想の対象となる可能性がある。)再入院させる際、家族の負担が大きい。医療保護入院は保護者の同意が必要であるが、親が亡くなっている場合、もしくは寝たきりになっているなどして施設に入所している場合は、兄弟姉妹が保護者にならざるを得ない。兄弟姉妹が遠方に住んでいたら、そのために何度か病院に足を運ばなくてはならない。
などなど、慢性期の統合失調症の患者さんが地域で暮らすためのハードルは高いです。少なくとも僕はそう思っています。

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No title
こんばんは。毎回お辛いですね…。
薬の減量、きっと難しい提案ですよね。
普通に考えたら百人いて百人違うがんなのに標準治療って???とか私は思ってしまいます。
でも患者側がリスクもわかっていて減量を望むのであれば、それは挑戦してもいいのではないでしょうか。
私たちのお世話になっている主治医の先生(二人いて殆どの場合二人で話を聞いていただいてます。)は、本当にゆっくり話を聞いてくれ(一時間以上は普通です)、西洋医学以外の事も受け入れてくれます(決して認めてくれませんが)。はっきり「小さくなればラッキーですけれど、広がらなければいいのです」伝えてます。この頃「そのような考え方もあるようですね。」と言ってもらえる様になりました。
フォルフォクス2クール目以降、白血球がギリギリ落ちてしまって先生が中止もアリですが減量で投与の考え方もありますとのアドバイスいただきました。それからパートナーの調子もいいので-1の減量のままで現在きてます。それがいいのか大きな副作用も出ないのかもとか思ったりします。
とても信頼出来る先生に出会えて私たちは幸せだと感謝してます。
一度、休眠療法の病院に行かれて先生のお話聞かれてみるのも一つかと。



2008/10/10(Fri) 23:13 | URL  | サバ #-[ 編集]
「生き方」の問題
サバさん

>この頃「そのような考え方もあるようですね。」と言ってもらえる様になりました。

そんなレベル(知名度)なのかもしれませんね、休眠療法って。
僕が今日、休眠療法について話した時は、向こうの反応を見る分には、「知っていますよ。」という感じでした。

サバさんのパートナーの主治医の先生、いい先生みたいですね。

こういう状況で、どうすべきか、というのは、まさに「生き方」の問題ですが、主治医の先生が(休眠療法を)受け入れてくれることをもう少しの間、期待してみようかな、と思っています。
次に移るのも、有望な選択肢だとも思います。ただ、何となく(それこそ直感で、かな?)、待ってみようと思いました。
2008/10/10(Fri) 23:45 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
No title
休眠療法は多くのお医者様にとって、案外やりたくても
なかなか やれる機会がないってこともあるのではないでしょうか。
(今の日本では、したい治療を自由に行える環境にはないと思います)
標準的治療から踏み出すというのは、きっと勇気のいることだと思います。
主治医の先生と のっぽ先生の今後の対話に期待してます。 
2008/10/11(Sat) 01:06 | URL  | のらくろ #9L.cY0cg[ 編集]
休眠療法が行われるに当たって
のらくろさん

有難うございます。

>休眠療法は多くのお医者様にとって、案外やりたくても
なかなか やれる機会がないってこともあるのではないでしょうか。

非常に的を得た指摘だと思います。
休眠療法をなかなかやる機会がない理由としては、
1)自分から言い出す訳には行かない。エビデンスのないものを薦める訳には(立場上、)行かない。一方では、エビデンスのある治療法(標準的な投与量、投与法)があるので、なおさらである。もし、自分から休眠療法を提案して、その結果、患者さんの転帰が悪かった場合、どうなのか、ということですよね。もっと言うと、それで責任を問われるかもしれない。エビデンスに依存するというのは、言葉が悪いですが、責任を逃れるため、という側面もあると思います。
2)患者さんから申し出るというケースは非常に少ない(と思われる)。
まず、患者さんか家族が休眠療法を知っていないといけない。そして、それを十分理解し、それと心中をする覚悟が必要である。(4期の患者さんがそれを申し出るということは、そういうことである。)
日本の風土はまだ封建的なところが残っていて(全く悪いところだとは思わないが)、患者さんサイドから医者に「これこれ、こういう治療をして欲しいんです。して下さい。」とは言い出しにくい。少なくとも僕はそうである。(そういう精神風土を持っている。)

>標準的治療から踏み出すというのは、きっと勇気のいることだと思います。

素晴らしい指摘ですね!目からうろこが落ちました。
きっと医者サイド(主治医サイド)から見ると、そうなのでしょうね。

>主治医の先生と のっぽ先生の今後の対話に期待してます。

全く駄目という感じではないと(僕の直感では)思います。
今日の診察でもQOLのことに話が及ぶと「それは先生(主治医は僕のことを先生と言う)が決めることです。」と言っていました。少なくとも理屈では、「患者がQOLを重視した治療を望むのであれば、主治医はそれに従わないといけない。例え、それが(主治医が考える)ベストの治療ではないとしても。」を分かっているんだと思います。

書いて思ったのですが、主治医はきっと、標準的な投与量、投与法による治療もしくはそれに準ずる治療が今の僕にとって(主治医の価値観から見て)ベストである、と考えているのでしょう。「私の考えている方法の方が長生きできるよ(期待される生存期間は長いですよ)。」と。
期待される生存期間が長いですよ、と書きましたが、この考えを進めていくと、証拠のある治療法へ、標準的な治療法へ、ということになってしまうのでしょうね。休眠療法はエビデンスすなわち証拠がないので、「どの程度、生き延びられるか不明。」「期待される生存期間は不明。」ということになってしまいますよね。
2008/10/11(Sat) 01:44 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
No title
ガンに向き合ってる医師なら「休眠療法」の存在は知ってるでしょう。ただ院内のカンファレンスを通すだけのエビデンスもないし、標準から外れることによる責任は重大ですから、のっぽさんの主治医の気持ちも理解できます。

腫瘍が大きくならなければ、本当に今の活動状態を維持できるのか?
標準量を投与していても、憎悪するケースが多いのでは無いか?

私もずっと疑問なのです。
今、岸和田病院のホームページを見たら、メール相談に応じているようですね。セカンドを取るとなうとちょっと大変でしょうが、メール相談なら気軽ですよね。もうされているかもしれませんね。
2008/10/11(Sat) 12:07 | URL  | アンズ #bWZdFEcQ[ 編集]
変化の途中
のっぽ先生、お見事でした!さすがです。
主治医の先生、また少し変わりましたね。

働くことは私たちの権利であるということ、(すぐということではなく
ても)仕事をすることがご自身のためであると同時に、精神疾患
に苦しんでいる患者さんのためでもあるということ、経験を活かし
て、より良い精神科医さんになる自信と希望があること、そういう
のっぽ先生の気概が、主治医さんをして、真っ直ぐに向かい合う
姿勢に変えているのではないか、と思います。
強い決意の前では、誰しも襟を正すものなのですね。

休眠療法を受け入れてほしいと願いながらも、今年の3月まで
エビデンスに則って治療をしてこられたお立場から、自分のやり方
を手放さなければならない主治医さんの心の葛藤を、一番理解でき
るのも、のっぽ先生でいらっしゃるという図式が成り立つのかもしれ
ません。

主治医さんの余計な一言は、本当に言わなくてもよいことですね。
その一言を口にしないでいられるかどうかで、その先生の人格が
わかるのではないか、という気すらしてきます。
医療現場で、ここまで言うと患者さんが傷つく、または、希望の芽
を摘むことになってしまうという見極めは、最終的には、医師の心
の温かさにかかってくるように思います。

前回は、長期入院の患者さんについて、丁寧なご返信を本当に
ありがとうございました。私も、病院の購買で、お菓子や飲料水
を抱える患者さんたちの体形を思い出して、のっぽ先生のご意見
に、心から賛同します。
精神保健福祉士さんを重要視している大学の先生は、講義の中で
「長期入院の7万人の患者さんも、地域できちんと受け入れられれ
ば、普通に暮らせます」と言っています。???です。

どういう立場に立つかによって、すべてのことは違って見えるもの
なのですね。

2008/10/12(Sun) 00:57 | URL  | カノン #-[ 編集]
ご指摘、有難うございます。
アンズさん

>標準から外れることによる責任は重大ですから

うまく行かなかった場合、どうなんだ、ということですよね。

>標準量を投与していても、憎悪するケースが多いのでは無いか?

標準量より少量が勝ることを比較試験で証明しないと、エビデンスを信奉する医者を納得させることは難しいですよね。

>今、岸和田病院のホームページを見たら、メール相談に応じているようですね。

ご指摘、有難うございます。見落としていました。
今の主治医で行くか、休眠療法をやっているところを近くで探し、そちらに変わるか(今のところ、岸和田市民病院が一番近い。)、難しいところですが、今の主治医でもう少し行ってみようと思っています。何となく、そうした方がいいかな、と思いました。
2008/10/12(Sun) 11:54 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
人の心の温かさは、試験では評価できない。
カノンさん

>のっぽ先生、お見事でした!さすがです。

そう言われると、嬉しいですね。有難うございます。

>主治医の先生、また少し変わりましたね。

少しずつ変わって行っているようなので、出来れば、今の主治医のままで行けたらいいな、と思っています。

>のっぽ先生の気概が、主治医さんをして、真っ直ぐに向かい合う
姿勢に変えているのではないか、と思います。

有難うございます。
30歳代、40歳代で、バリバリ働いていた患者さんにエンドレスに化学療法を行わないといけない、という状況が今まであまり(もしかすると全く?)なかったのかも知れません。そんな気がします。
ならば、ここは僕がパイオニアになって、などと思っている次第です。(他にもっと耕しやすい土地があるのかも知れませんが。)

>休眠療法を受け入れてほしいと願いながらも、今年の3月まで
エビデンスに則って治療をしてこられたお立場から、

エビデンス外のことをする、ガイドライン外のことをする場合、まず気になることが「結果が悪かった場合、どうするんだ。」ということですよね。次に気になるのが同僚(もしくは上司)の目ですよね。個人的な観測なのですが、医者は自分が診療する際、同僚の目を結構、気にしますね。それがその医者のスキルをアップさせるのに効果的であるという面があるので、同僚の目を気にすること自体は悪いことではないのですが。

>その一言を口にしないでいられるかどうかで、その先生の人格がわかるのではないか、という気すらしてきます。

自制心の有無を見て取れるな、と思っていたのですが、そうですね、人格が分かりますね。人格のうち、自制心の有無というのが大きなウエイトを占めているとも言えるのでしょうが。

>医療現場で、ここまで言うと患者さんが傷つく、または、希望の芽を摘むことになってしまうという見極めは、最終的には、医師の心 の温かさにかかってくるように思います。

僕は1992年に大学に入学しました。医学部を2校、受けました。2校 とも面接がありました。
しかし、数分の面接で、人の心の温かさをふるいに掛けることは出来ないですよね。そもそも試験官自体が、人としての心の温かさを有していたのだろうか、と思います。
試験で、人の心の温かさを評価できない以上、医者に当たりはずれがあるというのは避けられないと思います。

「じゃあ、どうすればいいのか。」これは、患者側が考える問題ですよね。

>私も、病院の購買で、お菓子や飲料水を抱える患者さんたちの体形を思い出して、のっぽ先生のご意見に、心から賛同します。

退院させると、食生活が乱れ、糖尿病が悪化する可能性が高い患者さんをどうしたら良いか、というのは、少し考えさせられる問題ですよね。
1)退院を希望すれば、退院させるべきである。
→若くして脳梗塞を起こし、半身不随になったとしても、それは患者さんが自分で判断し希望したことだから、その結果は自分で負うべきである。
2)若くして脳梗塞を起こすのが予見されるのであれば、入院という名の保護的な環境の下で生活を続ける方が患者さんのためになろう。
→現実的な判断だと僕は考えているのですが、これって、余計なお世話という面もありますよね。

あと、「この患者さん、退院させたら、火の不始末を起こすだろうな。」と思われる患者さんが退院を希望したら・・・難しいですよね。
1)のところが、自分で判断したことの結果を自分で責任が取れる範囲のことであれば良いのですが、自分で責任が取れない範囲のことに広がり得る場合(アパートの隣の部屋に火が燃え広がった、だとか。)、どうなんだ、ということになりますよね。

>精神保健福祉士さんを重要視している大学の先生は、講義の中で「長期入院の7万人の患者さんも、地域できちんと受け入れられれば、普通に暮らせます」と言っています。???です。

上記が、現場の意見です。
糖尿病の悪化→脳梗塞(半身不随、失語症)が起こりやすくなる、糖尿病性網膜症(失明してしまう)を起こすかもしれない。
火の不始末→火災
自分で服薬を止めてしまう。→幻覚妄想が再発もしくは増悪すると、近隣の人が迷惑する。(隣近所の人が妄想の対象となる可能性がある。)再入院させる際、家族の負担が大きい。医療保護入院は保護者の同意が必要であるが、親が亡くなっている場合、もしくは寝たきりになっているなどして施設に入所している場合は、兄弟姉妹が保護者にならざるを得ない。兄弟姉妹が遠方に住んでいたら、そのために何度か病院に足を運ばなくてはならない。
などなど、慢性期の統合失調症の患者さんが地域で暮らすためのハードルは高いです。少なくとも僕はそう思っています。
2008/10/12(Sun) 12:55 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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