癌との共存を目指しています。
死んだら、何も残らない、そんな生き方をしたい。

【2014/09/28 11:47】 | 思ったこと
トラックバック(0) |


しろ
のっぽ187 さん

ん~~っ そう なんか?
そうか そうかも 知れない
自分も  ・・・

        しろ

後に残るもの
カノン
のっぽ先生

何事にも、何ものにも、とらわれない清々しい一生に幕が下りる時、その生き方から、多くの気づきを受け取る人々がいるはずです。

のっぽ先生は、そういう清々しい生き方ができる方だ、と思います。

生きる意味
先生のブログにたどりついて夢中で読みました。だんだん先生がブログのタイトルから外れてしまい、辛いです。
先生の生きる意味とは私の勝手な解釈は医療関係者として私達が医者に聞けない事、わからない事に立ち向かって下さい。
私達は何も知らない、知り得た情報を前にだすと砕かれます。


オリーブ
以前コメントさせていただいたいい歳をした女です。

>死んだら、何も残らない、そんな生き方をしたい。

まさに同感です!
私が、若い頃から「死」について色々考えてきた結果行き着いた結論のようなものです。

これには色んな意味がありますが、人間いつ死ぬかわからないし、突然余命宣告される場合もあります。
いろんな死があたとしても、あと100年もすれば、今生きている人間はすべていなくなるわけです。

まだ生きているうちに、生への執着を絶つことができるなら落ち着いて死を迎えることができるような気が致します。
ちなみに私の場合は無宗教で、死んだら無になる、、と思っています。






あんぱん父さん
私、みんなが忘れないようにスゲェ~嫌な奴になってやろうと思ってます !


のっぽ187
しろさん

僕は、そんな生き方がしたいです。

最近、ふと思う様になりました。
のっぽ187
カノンさん

そんな風に生きたい、と最近、ふと思う様になりました。

価値観の変化
のっぽ187
京さん

この6年数か月の間に、少しずつですが、価値観が変わって行きました。

今でも、「迷った時は、積極的に。」と思うのですが、以前ほど、強く思わなくなりました。

自宅で「患者」として過ごす時間が長くなればなる程、「医療者」としての自分は何処かへ行ってしまう、というところは多分にありますね。


のっぽ187
オリーブさん

お久しぶりです。

同感というコメントは、無いだろうな、と思っていたので、意外でした。

>いろんな死があったとしても、あと100年もすれば、今生きている人間はすべていなくなるわけです。

これは、時々思いますね。

>まだ生きているうちに、生への執着を絶つことができるなら落ち着いて死を迎えることができるような気が致します。

あと、痛くなければ、言う事ないですね。

>ちなみに私の場合は無宗教で、死んだら無になる、、と思っています。

自分は無になると思っています。(他の物は、変わりなく存在し続ける一方で。)

時々、「自分は、こういった課題を持って(宿命を背負って)、この世に降り立って来たのだ。」と思う事があるのですが、どちらかと言うと、「死んだら、何も残らない。」の方が支配的です。


のっぽ187
あんぱん父さんさん

素晴らしいですね。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
のっぽ187 さん

ん~~っ そう なんか?
そうか そうかも 知れない
自分も  ・・・

        しろ
2014/09/28(Sun) 21:09 | URL  | しろ #-[ 編集]
後に残るもの
のっぽ先生

何事にも、何ものにも、とらわれない清々しい一生に幕が下りる時、その生き方から、多くの気づきを受け取る人々がいるはずです。

のっぽ先生は、そういう清々しい生き方ができる方だ、と思います。
2014/09/28(Sun) 21:26 | URL  | カノン #-[ 編集]
生きる意味
先生のブログにたどりついて夢中で読みました。だんだん先生がブログのタイトルから外れてしまい、辛いです。
先生の生きる意味とは私の勝手な解釈は医療関係者として私達が医者に聞けない事、わからない事に立ち向かって下さい。
私達は何も知らない、知り得た情報を前にだすと砕かれます。
2014/09/29(Mon) 13:41 | URL  |  #dp0VrjgA[ 編集]
以前コメントさせていただいたいい歳をした女です。

>死んだら、何も残らない、そんな生き方をしたい。

まさに同感です!
私が、若い頃から「死」について色々考えてきた結果行き着いた結論のようなものです。

これには色んな意味がありますが、人間いつ死ぬかわからないし、突然余命宣告される場合もあります。
いろんな死があたとしても、あと100年もすれば、今生きている人間はすべていなくなるわけです。

まだ生きているうちに、生への執着を絶つことができるなら落ち着いて死を迎えることができるような気が致します。
ちなみに私の場合は無宗教で、死んだら無になる、、と思っています。



2014/09/30(Tue) 10:25 | URL  | オリーブ #JalddpaA[ 編集]
私、みんなが忘れないようにスゲェ~嫌な奴になってやろうと思ってます !
2014/10/01(Wed) 10:12 | URL  | あんぱん父さん #-[ 編集]
しろさん

僕は、そんな生き方がしたいです。
2014/10/01(Wed) 14:37 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
最近、ふと思う様になりました。
カノンさん

そんな風に生きたい、と最近、ふと思う様になりました。
2014/10/01(Wed) 14:41 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
価値観の変化
京さん

この6年数か月の間に、少しずつですが、価値観が変わって行きました。

今でも、「迷った時は、積極的に。」と思うのですが、以前ほど、強く思わなくなりました。

自宅で「患者」として過ごす時間が長くなればなる程、「医療者」としての自分は何処かへ行ってしまう、というところは多分にありますね。
2014/10/01(Wed) 14:45 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
オリーブさん

お久しぶりです。

同感というコメントは、無いだろうな、と思っていたので、意外でした。

>いろんな死があったとしても、あと100年もすれば、今生きている人間はすべていなくなるわけです。

これは、時々思いますね。

>まだ生きているうちに、生への執着を絶つことができるなら落ち着いて死を迎えることができるような気が致します。

あと、痛くなければ、言う事ないですね。

>ちなみに私の場合は無宗教で、死んだら無になる、、と思っています。

自分は無になると思っています。(他の物は、変わりなく存在し続ける一方で。)

時々、「自分は、こういった課題を持って(宿命を背負って)、この世に降り立って来たのだ。」と思う事があるのですが、どちらかと言うと、「死んだら、何も残らない。」の方が支配的です。
2014/10/01(Wed) 14:53 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
あんぱん父さんさん

素晴らしいですね。
2014/10/01(Wed) 14:57 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック