癌との共存を目指しています。
部屋の中で、パソコンばかりしていたら、外へ出たいな、という気分になった。(仕事中だったが。)

屋上に上がり、陽の光を浴びた。

気分が晴れた。

良くも悪くも、僕は、初期人類(数百年前に東アフリカにいた、僕らの御先祖様)の遺伝子を引き継いでいる。

そう感じた。

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【2013/02/02 16:13】 | 日記
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免疫力を高める
カノン
のっぽ先生、職場の限られた環境の中で、上手に気分転換するというのは、とても大事なことだ、と思います。
屋上で束の間でも、太陽の光を浴びることは、心身ともに解放されますね。

叔母が12月に亡くなり、1月は自主喪中をしていました。叔母は8月にがんの手術を受けて、手術は成功したのですが、その後の腎機能低下で亡くなりました。

歌舞伎界でも、中村勘三郎さん、市川團十郎さんといった大名跡が、相次いで旅立たれました。
おふたりとも、元々の食道がんや白血病が直接の原因ではなく、抗がん剤治療で免疫力が低下しているところへ、複合的な要因が作用しあって、重篤な状況へと移行してしまったようでした。日頃の鍛錬で、普通の人より体力があったと思いますので、なおさら、がん治療の難しさを痛感しました。

いろいろな要素が絡まりあって、悪い方向に行くこともあれば、良い方向に導かれることもあります。もう、たった一つのことで、決まることはないのでしょう。
のっぽ先生が実行していらっしゃいますように、自分にとって気持ちの良い事を、一つひとつ積み重ねていくことで、生まれる可能性を信じたい、と思います。

2008年を思い返しました。
のっぽ187
カノンさん

今、思えば、一番、厳しかったのは、こちら(大阪府)に帰って来た頃から(5月に戻って来ました)、8月にかけて、でした。

全身状態としては、5月30日(下血して入院)が一番、危なかったかな、と思っています。

そう考えると、厳しい状況にあった直接の原因は、癌そのものというよりは、手術の侵襲や抗癌剤の使用にあった、と思います。

幸いだったのは、僕自身が若く、体力があった事です。

来月で、5年になりますが、この1年、「人の身体は、どう創られているのか。」という事をよく考えました。

医学教育は、身体のパーツや細胞レベルの事は、いろいろ教えてくれたのですが、生物として、どうなのか、という事は、あまり学ぶ機会がありませんでした。(僕が不勉強なだけなのですが。)

五里霧中なのですが、自分が、その時点で、「こうではないか。」と思う事を、一つ一つ、実践して行きたいな、と思っています。

管理人のみ閲覧できます
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自然も、貴方のことを愛しているのね。
レイシー
陽の光りが、貴方のことを、癒してくれたのね。
それはきっと、貴方も自然が好きであり、
自然も、貴方のことが、大好きだからだと思うわ。





こちらこそ、初めまして。
のっぽ187
匿名の方へ

僕も、2008年3月の時点で、両肺への転移を指摘され、かなり動揺しました。(転移を指摘されてから、手術を受けるまで、何をしていたか、あまり記憶がないです。)

うまく行けば、「こういうケースもあるよ。」(うまく行かなければ、「こういう事をしたけど、うまく行かなかった。」)という事を、後世の人に伝える事が出来ればいいな、と思い、ブログを続けているのですが、そう言って頂けると、文章を書く者として、冥利に尽きます。

「がんに効く生活」を最初に読んで以来、「この本に書いてある事を、出来る限り、やってみよう。」と思い、僕なりに実践してみました。(瞑想は、そんなに長い時間、続けられないですが。)

食事については、その後、何冊か本を読んで、僕なりにアレンジメントを加えていますが、基本的な考え方は、今でも、「がんに効く生活」に書いている事をベースにしています。

>ありがとうございます。

仕事でもそうですが、そう言って頂けると、一番、嬉しいです。

すごく有難いな、と思います。
のっぽ187
レイシーさん

>自然も、貴方のことが、大好きだからだと思うわ。

だとすると、すごく有難いな、と思います。





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この記事へのコメント
免疫力を高める
のっぽ先生、職場の限られた環境の中で、上手に気分転換するというのは、とても大事なことだ、と思います。
屋上で束の間でも、太陽の光を浴びることは、心身ともに解放されますね。

叔母が12月に亡くなり、1月は自主喪中をしていました。叔母は8月にがんの手術を受けて、手術は成功したのですが、その後の腎機能低下で亡くなりました。

歌舞伎界でも、中村勘三郎さん、市川團十郎さんといった大名跡が、相次いで旅立たれました。
おふたりとも、元々の食道がんや白血病が直接の原因ではなく、抗がん剤治療で免疫力が低下しているところへ、複合的な要因が作用しあって、重篤な状況へと移行してしまったようでした。日頃の鍛錬で、普通の人より体力があったと思いますので、なおさら、がん治療の難しさを痛感しました。

いろいろな要素が絡まりあって、悪い方向に行くこともあれば、良い方向に導かれることもあります。もう、たった一つのことで、決まることはないのでしょう。
のっぽ先生が実行していらっしゃいますように、自分にとって気持ちの良い事を、一つひとつ積み重ねていくことで、生まれる可能性を信じたい、と思います。
2013/02/04(Mon) 22:12 | URL  | カノン #-[ 編集]
2008年を思い返しました。
カノンさん

今、思えば、一番、厳しかったのは、こちら(大阪府)に帰って来た頃から(5月に戻って来ました)、8月にかけて、でした。

全身状態としては、5月30日(下血して入院)が一番、危なかったかな、と思っています。

そう考えると、厳しい状況にあった直接の原因は、癌そのものというよりは、手術の侵襲や抗癌剤の使用にあった、と思います。

幸いだったのは、僕自身が若く、体力があった事です。

来月で、5年になりますが、この1年、「人の身体は、どう創られているのか。」という事をよく考えました。

医学教育は、身体のパーツや細胞レベルの事は、いろいろ教えてくれたのですが、生物として、どうなのか、という事は、あまり学ぶ機会がありませんでした。(僕が不勉強なだけなのですが。)

五里霧中なのですが、自分が、その時点で、「こうではないか。」と思う事を、一つ一つ、実践して行きたいな、と思っています。
2013/02/09(Sat) 16:25 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/02/12(Tue) 16:28 |   |  #[ 編集]
自然も、貴方のことを愛しているのね。
陽の光りが、貴方のことを、癒してくれたのね。
それはきっと、貴方も自然が好きであり、
自然も、貴方のことが、大好きだからだと思うわ。



2013/02/14(Thu) 23:55 | URL  | レイシー #-[ 編集]
こちらこそ、初めまして。
匿名の方へ

僕も、2008年3月の時点で、両肺への転移を指摘され、かなり動揺しました。(転移を指摘されてから、手術を受けるまで、何をしていたか、あまり記憶がないです。)

うまく行けば、「こういうケースもあるよ。」(うまく行かなければ、「こういう事をしたけど、うまく行かなかった。」)という事を、後世の人に伝える事が出来ればいいな、と思い、ブログを続けているのですが、そう言って頂けると、文章を書く者として、冥利に尽きます。

「がんに効く生活」を最初に読んで以来、「この本に書いてある事を、出来る限り、やってみよう。」と思い、僕なりに実践してみました。(瞑想は、そんなに長い時間、続けられないですが。)

食事については、その後、何冊か本を読んで、僕なりにアレンジメントを加えていますが、基本的な考え方は、今でも、「がんに効く生活」に書いている事をベースにしています。

>ありがとうございます。

仕事でもそうですが、そう言って頂けると、一番、嬉しいです。
2013/02/16(Sat) 09:30 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
すごく有難いな、と思います。
レイシーさん

>自然も、貴方のことが、大好きだからだと思うわ。

だとすると、すごく有難いな、と思います。



2013/02/16(Sat) 13:53 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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