癌との共存を目指しています。
小指の爪位の口内炎が舌の裏側に出来ている。過って噛んだ訳ではない。ベースに食物アレルギー(カシュナッツか)に睡眠不足(昼夜逆転気味になる)が重なって、出来たのではないか、と考えている。

2回目の抗癌剤治療を受けるまでは、こんな箇所に口内炎は出来なかった。こんなに大きくならなかったし、こんなにしょっちゅう口内炎は出来なかった。なので、口内炎が大きくなるのは、唾液中の白血球の数が減ったからだろう。もちろん、唾液中の白血球数が減った原因は、抗癌剤治療による骨髄抑制だ。(ナッツ類を食べるようになり、それに対する食物アレルギーが頻発しているのかも知れないが。)

次、再発すると、手術が出来れば、手術を受けるだろうが、手術が出来なければ、抗癌剤治療か無治療だ。FOLFIRIは、癌を消せないだろうから(FOLFIRIに補助化学療法のエビデンスはないと昨年、主治医から聞いた)、これは延命治療だ。延命は望むところだが、これ以上、白血球の数が減って、口内炎が多発するようであれば、食べる楽しみが失われる。人と話す楽しみも失われる。

最近、患者さんを診ていて思うのは、感染症で亡くなるのは出来れば避けたい、それならば、腫瘍が増大して亡くなる方が苦痛は少ないのではないか、という事だ。

そう考えると、手術が出来なければ、無治療を選び、最後まで食べたい物を食べ(もちろん、「がんに効く生活」を実践し)、会いたい人に会い、頻繁に喉が痛くなったり、風邪をこじらせて肺炎になるなんて事無く、過ごしたい。(最後は、どうなるか、分からないが。)少なくとも、感染症が原因で亡くなるというのは避けたい。

偏った経験で、物事を判断するのは、良くないと理解しているつもりだが、仕事を終え、家まで帰る道すがら、上記のような事を考えた。

再発し、手術出来なかったら、通院の必要も無くなるだろう(傷病手当をどうするか位)。数年なら働かずに食べて行ける。仕事も辞めるだろう。

まさに、しがらみの無い日々となる。

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【2011/12/04 00:18】 | 自分の体
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大丈夫ですか?
カノン
のっぽ先生、なんだか心配です。

もちろん、口内炎も心配です。小指の爪くらいの大きさともなれば、食べ物も調味料もしみて、痛くて大変だろうなあ、と思います。
何より「美味しく食べる」ことが大事ですよね。

ただ、それ以上に心配なのは、のっぽ先生の最近の記事の中に出てくる、「自分に与えられた時間は限られているので」「自分に残されている時間は、そうない」「再発し、手術出来なかったら」という言葉の数々です。
綴っていらっしゃる時、どういうご心境なのだろう、と思います。

今は何の予兆もないけれど、大事な心構えとして、書いていらっしゃるのではないか、とは思いますが、何か澱のように溜まった疲れのようなものを、感じていらっしゃるのでしょうか。

古代の言霊信仰を持ち出すつもりはありませんが、今月は検査が控えているので、仕事は仕事と割り切って、心身ともに大切になさいますよう願っています。

少し疲れているんだ、と思います。
のっぽ187
カノンさん

ある程度、余裕を持って仕事が出来る環境にあると、「きちんとした仕事をしたい。」が次第に「きちんと仕事をしないと、気が済まない。」に変わって来る様です。僕のもともとの性分だと思います。

次回の受診日がいつだったか、忘れてしまう位、普通に暮らしています。その分、小さな事を、あれこれと気に掛ける様になりました。

しかし、よくよく考えてみると、癌細胞が身体の中に残っている可能性は結構、あるし(オキサリプラチンと5-FU系の薬剤の組み合わせが小さな大腸癌を消せるかどうかは今後、答えが出るのではないか、と考えています)、良くないシナリオも念頭に入れておかないといけないな、と思っています。

調子良く暮らしていると、今の職場の良くないところが目に付いて、「(自分達の存在というのは、)はかないな。」などと思ってしまうのですが、何とか、もう一段階、上のステップに上がれればいいな、と思っています。


モリダク
こんばんは。
3年前に 実父が白血病で他界したときに やはり感染症が原因だったので 良く分かります。

ただ あの時も 数時間だけ心臓を長く動かすための苦しい装置を 実母が希望したので 父には申し訳なかったけれど 私たち子供は したがうしかなくて。。。無治療を選ぶにしても 自分以外の身近な者たちが それを許してくれるかどうかにかかっている気がします(私の場合)

そして また期間限定の仕事を引きうけてしまいました。引きうけた限りは・・・となっているものの 職員室を見渡せば予備軍がたくさん(^_^;)

2週間に1度のベクティビックスも 副作用のヒョウソや舌の痺れからも 一生解放されるものではなく(担当医の話)治る病気ではないものの すぐに死ぬわけでもないらしい。
やはり 上手に共存するしかないみたいですね(^_^;)


のっぽ187
モリダクさん

僕と他の家族の間でも、死生観は、全く違います。きっと、多くの家族がそうなのではないか、と思います。

2008年3月から2009年2月まで、僕も仕事をしていなかったのですが、2009年1月頃から、「仕事したいな。」と思うようになりました。

全く、仕事をしない、というのは、それまで、ある程度、仕事をしていた人にとっては、精神衛生上、良くないのではないか、と思います。(僕の経験上、そう思うというだけですが。)

どうも大腸癌の多くは、「治る病気ではないものの、すぐに死ぬわけでもないらしい」ですね。自分でも、そんな感じではないか、と思っています。

>やはり 上手に共存するしかないみたいですね(^_^;)

それに尽きると思います。

管理人のみ閲覧できます
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初めまして
のっぽ187
12/8にコメントをしてくれた方へ

僕も、白血球数が少なくて、抗癌剤治療が延期になると、嬉しかったです。それと同時に、罪悪感も抱いていました。

最近は、長く生きる事より(もちろん、長く生きたいのですが)、自分がしたいようにしたい、生きたい、と思うようになりました。

個人的な見解ですが、そういったものの上に治療の選択やエビデンス(比較試験では、○○をした方が長く生きたとか)があるのではないか、と考えています。

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この記事へのコメント
大丈夫ですか?
のっぽ先生、なんだか心配です。

もちろん、口内炎も心配です。小指の爪くらいの大きさともなれば、食べ物も調味料もしみて、痛くて大変だろうなあ、と思います。
何より「美味しく食べる」ことが大事ですよね。

ただ、それ以上に心配なのは、のっぽ先生の最近の記事の中に出てくる、「自分に与えられた時間は限られているので」「自分に残されている時間は、そうない」「再発し、手術出来なかったら」という言葉の数々です。
綴っていらっしゃる時、どういうご心境なのだろう、と思います。

今は何の予兆もないけれど、大事な心構えとして、書いていらっしゃるのではないか、とは思いますが、何か澱のように溜まった疲れのようなものを、感じていらっしゃるのでしょうか。

古代の言霊信仰を持ち出すつもりはありませんが、今月は検査が控えているので、仕事は仕事と割り切って、心身ともに大切になさいますよう願っています。
2011/12/05(Mon) 23:36 | URL  | カノン #-[ 編集]
少し疲れているんだ、と思います。
カノンさん

ある程度、余裕を持って仕事が出来る環境にあると、「きちんとした仕事をしたい。」が次第に「きちんと仕事をしないと、気が済まない。」に変わって来る様です。僕のもともとの性分だと思います。

次回の受診日がいつだったか、忘れてしまう位、普通に暮らしています。その分、小さな事を、あれこれと気に掛ける様になりました。

しかし、よくよく考えてみると、癌細胞が身体の中に残っている可能性は結構、あるし(オキサリプラチンと5-FU系の薬剤の組み合わせが小さな大腸癌を消せるかどうかは今後、答えが出るのではないか、と考えています)、良くないシナリオも念頭に入れておかないといけないな、と思っています。

調子良く暮らしていると、今の職場の良くないところが目に付いて、「(自分達の存在というのは、)はかないな。」などと思ってしまうのですが、何とか、もう一段階、上のステップに上がれればいいな、と思っています。
2011/12/06(Tue) 05:43 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
こんばんは。
3年前に 実父が白血病で他界したときに やはり感染症が原因だったので 良く分かります。

ただ あの時も 数時間だけ心臓を長く動かすための苦しい装置を 実母が希望したので 父には申し訳なかったけれど 私たち子供は したがうしかなくて。。。無治療を選ぶにしても 自分以外の身近な者たちが それを許してくれるかどうかにかかっている気がします(私の場合)

そして また期間限定の仕事を引きうけてしまいました。引きうけた限りは・・・となっているものの 職員室を見渡せば予備軍がたくさん(^_^;)

2週間に1度のベクティビックスも 副作用のヒョウソや舌の痺れからも 一生解放されるものではなく(担当医の話)治る病気ではないものの すぐに死ぬわけでもないらしい。
やはり 上手に共存するしかないみたいですね(^_^;)
2011/12/07(Wed) 18:06 | URL  | モリダク #a2H6GHBU[ 編集]
モリダクさん

僕と他の家族の間でも、死生観は、全く違います。きっと、多くの家族がそうなのではないか、と思います。

2008年3月から2009年2月まで、僕も仕事をしていなかったのですが、2009年1月頃から、「仕事したいな。」と思うようになりました。

全く、仕事をしない、というのは、それまで、ある程度、仕事をしていた人にとっては、精神衛生上、良くないのではないか、と思います。(僕の経験上、そう思うというだけですが。)

どうも大腸癌の多くは、「治る病気ではないものの、すぐに死ぬわけでもないらしい」ですね。自分でも、そんな感じではないか、と思っています。

>やはり 上手に共存するしかないみたいですね(^_^;)

それに尽きると思います。
2011/12/07(Wed) 19:42 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2011/12/08(Thu) 21:32 |   |  #[ 編集]
初めまして
12/8にコメントをしてくれた方へ

僕も、白血球数が少なくて、抗癌剤治療が延期になると、嬉しかったです。それと同時に、罪悪感も抱いていました。

最近は、長く生きる事より(もちろん、長く生きたいのですが)、自分がしたいようにしたい、生きたい、と思うようになりました。

個人的な見解ですが、そういったものの上に治療の選択やエビデンス(比較試験では、○○をした方が長く生きたとか)があるのではないか、と考えています。
2011/12/09(Fri) 17:41 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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