癌との共存を目指しています。
最近は、精神的に、とても安定している。その理由の一つとして、「諦めている」事が挙げられると思う。

「食べて行けて、寝るところがあって、それなりにいい人間関係があって・・・。それで十分ではないか。」と思うようになった。

2008年11月に車を手放し、2010年2月に学会(精神科の学会)を退会し、今年の1月には携帯電話を解約した。その結果、届く書類の数も減り、とても快適に過ごせている。

2008年3月以前の人間関係についても、無理に切りはしないが、自然と、必要なだけのものにしたいな、と考えている。

どこかで、「かつて所属していた所の事(誰がどうなったか)が気にならなくなったら、卒業だ。」という趣旨の文を読んだ事があるが、まさに、そんな感じだ。

FC2blog テーマ:思いのままに - ジャンル:その他

【2011/04/21 20:46】 | 思ったこと
トラックバック(0) |

真贋を見極める
カノン
最近は、精神的に、とても不安定です(笑)。
GW前になると、税務調査が殺到し、個人の確定申告の修正依頼が舞い込みます。税務署の方々も、自分たちはすっきりして、お休みを楽しみたいのでしょうね。

それに加えて、毎日のように、被災地の方々のお気の毒な映像を見続けていると、心が疲弊してくるのがわかります。具体的なというより、漠然とした不安が増してくる感じです。

こんな感じなので、のっぽ先生が、穏やかに暮らしていらっしゃる記事を拝見しますと、ホッとします。前々回の消えてしまったエントリーも、とてもよかったです。

のっぽ先生の感性は、食事や運動、瞑想を通して、前より研ぎ澄まされている、と思います。
自分にとって、「本当に大切なもの」と「必要のないもの」を見極める過程で、私たちにとって一番難しいのは、本当は必要ではないのに、必要であるかのごとく、私たちを縛って離さないものを、いかに見極めて手放すか、ということだと思います。

こうしたらいいだろうな、と頭ではわかっていても、なかなか行動に移せないことを、見事に実行していらっしゃいます。
思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。


gombu
癌になって感じる諦観と生活の変化ですね、

それまで無我夢中で働いてきて、
ストレスで切りきり舞いさせられ、
そんな中癌と診断されると、
これまでの人生について棚卸しする。

ま、いろいろやってきたけど、
こんなところか、と諦観が出てきますよね。

禅系の仏法書籍なんかいかがでしょうか?
精神科医さんなら、濫読されてますか?

私は以前一通り読んで、それほどマッチしなかったのですが、
数年前父が死んで、また今回自分が癌になって、しみじみと文章の意味が受け入れられるようになりました。

手放す事
のっぽ187
カノンさん

>GW前になると、税務調査が殺到し、個人の確定申告の修正依頼が舞い込みます。税務署の方々も、自分たちはすっきりして、お休みを楽しみたいのでしょうね。

ご苦労様です。税理士さんは、4月、5月は、比較的、ゆっくりされているのではないか、と思っていたのですが、違うのですね。知らなかったです。

>それに加えて、毎日のように、被災地の方々のお気の毒な映像を見続けていると、心が疲弊してくるのがわかります。具体的なというより、漠然とした不安が増してくる感じです。

去年のサッカーのW杯から、自宅では全くテレビは視ていないのですが、病棟で点けっ放しになっているテレビをちらっと見ると、瓦礫の山が映っていたりして、気が滅入ってしまいます。

>前々回の消えてしまったエントリーも、とてもよかったです。

有難うございます。

一旦、エントリーにして載せた後、「あまり、調子いい、調子いい、と書くのも、どうかな。」と思い、載せるのを止めました。

ただ、僕のブログですし(日記帳兼メモ帳ですし)、ありのままを書くのが、やはりいいのかな、と今、改めて思いました。

>のっぽ先生の感性は、食事や運動、瞑想を通して、前より研ぎ澄まされている、と思います。

自分でも、こだわりが更に少なくなった気がします。

>自分にとって、「本当に大切なもの」と「必要のないもの」を見極める過程で、私たちにとって一番難しいのは、本当は必要ではないのに、必要であるかのごとく、私たちを縛って離さないものを、いかに見極めて手放すか、ということだと思います。

本当に難しいですよね。

本当は、余り何も持たなくても、それなりにやって行けるのに、手放す時に、ふと、「手放して、大丈夫かな。」と思ったりします。

>思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。

僕の仕事は、一言で言うと、日々決断をする仕事なので、僕は、比較的、物事を取捨選択するのに慣れているのかも知れません。

一方、そうでない仕事、例えば、周りの空気を読んで、みんなの利害を調整し、といった仕事を長年していると、「バサッと捨てる。」だとか、「こちらを選ぶ。」だとかが、自分一人の判断で出来なくなっているのかも知れません。

あと、東電の幹部の方々は、「失うものが、たくさん、あるんだ。」と思います。


のっぽ187
gombuさん

初めまして。

>禅系の仏法書籍なんかいかがでしょうか?精神科医さんなら、濫読されてますか?

殆ど、読んだ事がないです。

>私は以前一通り読んで、それほどマッチしなかったのですが、数年前父が死んで、また今回自分が癌になって、しみじみと文章の意味が受け入れられるようになりました。

どうしてだか分からないのですが、今のところ、あまり宗教の本を読もうという気にならないのです。

ただ、「諦めている」事が、僕にとっては、いいように作用しているようです。


gombu
ブロとも登録させていただいたgombuです。

プラグイン2くらいにブロとも表示のチェックボックスついてますよ(笑)

仏教関連書籍、
私も父親が胃がんで死んで、葬式やった後、
菩提寺も墓もないし、
どうしたものかと思って、
そこそこ真剣に読み出した口ですが、
精神安定に若干は役立っています。
哲学好きというのもあります。

嬉しいです
aki
>精神的に、とても安定している。
ってなかなか言えないと思います。調子がいいって事も読む方は嬉しいです。

「諦めている」は後ろ向きな気がしますけど、諦めないことで辛い思いをしたりさせたりする結果になることもあります。
諦め具合?諦め時?が肝心だと思います。私にはできなかったです。

自分の事は諦められても、大事な人の事は諦められないな…と思ったら、
>「失うものが、たくさん、あるんだ。」と思います。
とあったので、本当にそうだなと思いました。

いきなりですが最近読んだ本で面白かった小説がありました。
「永遠の0(ゼロ)」百田尚樹
零戦乗りだった祖父の「臆病者」「天才」と相反する評価を知るうち明かされる真実…というストーリーはもちろんですが、特攻も今まではただ狂信的にそうだったと思っていましたが、その時を生きる人としてという思いがあったのだろうなと感じました。
激しい空中戦と最悪な条件を己の腕だけで生死を分ける描写に息が詰まります。
そして軍の上層部がいかに現場を考えていなかったのか、今も同じだなと思いました。
最近あまり感動することがなく、珍しくおすすめしたくなった本なので、書いてみました。


whitekite
のっぽ先生、こんにちは。

今の自分の状況を振り返りながら、のっぽ先生はすごい!私はまだまだだけど、お手本にしていろいろトライしてみよう、と思いました。

「食べて行けて、寝るところがあって、それなりにいい人間関係があって、十分すぎるくらいなのに、もう欲しいものなどないのに、もっとたくさんのことを求められている気がする。それを上手く断ったり、受け流したりできずに、結果的にキャパオーバーになっている。」というのが、今の私の状況です。

「諦めている」という言葉を見て、ハッとしました。のっぽ先生のような「諦め方」もあるんだな、と。悟りに近いようなイメージでしょうか。
自分は、忙しくてくたびれてしまうことをなんとかしようとすることを諦めているなあ、と思いました。

1つ1つ、いろんなものをいい意味で切り捨てていらしたことが、今の精神の安定につながっているのだろうということが、すごく伝わってきました。
切り捨てることはちょっと怖かったりするけれど、少し勇気を出してやってみよう、と思います。


のっぽ187
gombuさん

>プラグイン2くらいにブロとも表示のチェックボックスついてますよ(笑)

管理者ページに入って、見てみたのですが、よく分からなかったので、このままで行きます。

>仏教関連書籍、私も父親が胃がんで死んで、葬式やった後、菩提寺も墓もないし、どうしたものかと思って、そこそこ真剣に読み出した口ですが、精神安定に若干は役立っています。

そういう物なのですね。

また一つ賢くなりました。
のっぽ187
akiさん

>調子がいいって事も読む方は嬉しいです。

そういうものなのですね。また一つ賢くなりました。

自分の事の方が、諦めやすいかな、という気がします。

>「永遠の0(ゼロ)」百田尚樹

有難うございます。

一度、読んでみようと思います。

>そして軍の上層部がいかに現場を考えていなかったのか、今も同じだなと思いました。

僕も、そう思います。


のっぽ187
whitekiteさん

>「食べて行けて、寝るところがあって、それなりにいい人間関係があって、十分すぎるくらいなのに、もう欲しいものなどないのに、もっとたくさんのことを求められている気がする。それを上手く断ったり、受け流したりできずに、結果的にキャパオーバーになっている。」というのが、今の私の状況です。

数年前の僕は、そうでした。

>もっとたくさんのことを求められている気がする。

そうですよね。僕も、そんな感じでした。

最近は、「僕が頑張っても、そんなに状況は変わらないだろう。(健康なら、ともかく、そうではないので、)ならば、もう、いいか。」と思うようになりました。

断るのは、ストレスですよね。

>悟りに近いようなイメージでしょうか。

そうかな、と思います。

「ある程度、偉い人になれるかな。」「ある程度、社会的な成功を収めることが出来るんじゃないかな。」といった世俗的なものから、「ある程度、人の役に立てるんじゃないかな。」といった「したい事」を諦めるということですね。

>切り捨てることはちょっと怖かったりするけれど、少し勇気を出してやってみよう、と思います。

人によって意見の分かれるところだと思いますが、僕は、やって、とても良かった、と思っています。

追記
のっぽ187
カノンさん

>思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。

カノンさんのコメントを読み返していました。

そう言えば、僕も、かつては、受験勉強をした口ですし、成績の良かった人達の存在を、それなりに知っているつもりです。(通っていた高校は進学校でした。)

僕が知る限り、彼らは、そんなに悪い奴だったとは思えないので、長年、そういった環境に身を置くことで、そうなったのか、組織としては、そうならざるを得ないのか、いずれかではないか、と思います。

辛うじて、受験を乗り切った者として、色々と考える所がありました。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
真贋を見極める
最近は、精神的に、とても不安定です(笑)。
GW前になると、税務調査が殺到し、個人の確定申告の修正依頼が舞い込みます。税務署の方々も、自分たちはすっきりして、お休みを楽しみたいのでしょうね。

それに加えて、毎日のように、被災地の方々のお気の毒な映像を見続けていると、心が疲弊してくるのがわかります。具体的なというより、漠然とした不安が増してくる感じです。

こんな感じなので、のっぽ先生が、穏やかに暮らしていらっしゃる記事を拝見しますと、ホッとします。前々回の消えてしまったエントリーも、とてもよかったです。

のっぽ先生の感性は、食事や運動、瞑想を通して、前より研ぎ澄まされている、と思います。
自分にとって、「本当に大切なもの」と「必要のないもの」を見極める過程で、私たちにとって一番難しいのは、本当は必要ではないのに、必要であるかのごとく、私たちを縛って離さないものを、いかに見極めて手放すか、ということだと思います。

こうしたらいいだろうな、と頭ではわかっていても、なかなか行動に移せないことを、見事に実行していらっしゃいます。
思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。
2011/04/21(Thu) 23:53 | URL  | カノン #-[ 編集]
癌になって感じる諦観と生活の変化ですね、

それまで無我夢中で働いてきて、
ストレスで切りきり舞いさせられ、
そんな中癌と診断されると、
これまでの人生について棚卸しする。

ま、いろいろやってきたけど、
こんなところか、と諦観が出てきますよね。

禅系の仏法書籍なんかいかがでしょうか?
精神科医さんなら、濫読されてますか?

私は以前一通り読んで、それほどマッチしなかったのですが、
数年前父が死んで、また今回自分が癌になって、しみじみと文章の意味が受け入れられるようになりました。
2011/04/22(Fri) 05:52 | URL  | gombu #-[ 編集]
手放す事
カノンさん

>GW前になると、税務調査が殺到し、個人の確定申告の修正依頼が舞い込みます。税務署の方々も、自分たちはすっきりして、お休みを楽しみたいのでしょうね。

ご苦労様です。税理士さんは、4月、5月は、比較的、ゆっくりされているのではないか、と思っていたのですが、違うのですね。知らなかったです。

>それに加えて、毎日のように、被災地の方々のお気の毒な映像を見続けていると、心が疲弊してくるのがわかります。具体的なというより、漠然とした不安が増してくる感じです。

去年のサッカーのW杯から、自宅では全くテレビは視ていないのですが、病棟で点けっ放しになっているテレビをちらっと見ると、瓦礫の山が映っていたりして、気が滅入ってしまいます。

>前々回の消えてしまったエントリーも、とてもよかったです。

有難うございます。

一旦、エントリーにして載せた後、「あまり、調子いい、調子いい、と書くのも、どうかな。」と思い、載せるのを止めました。

ただ、僕のブログですし(日記帳兼メモ帳ですし)、ありのままを書くのが、やはりいいのかな、と今、改めて思いました。

>のっぽ先生の感性は、食事や運動、瞑想を通して、前より研ぎ澄まされている、と思います。

自分でも、こだわりが更に少なくなった気がします。

>自分にとって、「本当に大切なもの」と「必要のないもの」を見極める過程で、私たちにとって一番難しいのは、本当は必要ではないのに、必要であるかのごとく、私たちを縛って離さないものを、いかに見極めて手放すか、ということだと思います。

本当に難しいですよね。

本当は、余り何も持たなくても、それなりにやって行けるのに、手放す時に、ふと、「手放して、大丈夫かな。」と思ったりします。

>思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。

僕の仕事は、一言で言うと、日々決断をする仕事なので、僕は、比較的、物事を取捨選択するのに慣れているのかも知れません。

一方、そうでない仕事、例えば、周りの空気を読んで、みんなの利害を調整し、といった仕事を長年していると、「バサッと捨てる。」だとか、「こちらを選ぶ。」だとかが、自分一人の判断で出来なくなっているのかも知れません。

あと、東電の幹部の方々は、「失うものが、たくさん、あるんだ。」と思います。
2011/04/22(Fri) 13:33 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
gombuさん

初めまして。

>禅系の仏法書籍なんかいかがでしょうか?精神科医さんなら、濫読されてますか?

殆ど、読んだ事がないです。

>私は以前一通り読んで、それほどマッチしなかったのですが、数年前父が死んで、また今回自分が癌になって、しみじみと文章の意味が受け入れられるようになりました。

どうしてだか分からないのですが、今のところ、あまり宗教の本を読もうという気にならないのです。

ただ、「諦めている」事が、僕にとっては、いいように作用しているようです。
2011/04/22(Fri) 16:25 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
ブロとも登録させていただいたgombuです。

プラグイン2くらいにブロとも表示のチェックボックスついてますよ(笑)

仏教関連書籍、
私も父親が胃がんで死んで、葬式やった後、
菩提寺も墓もないし、
どうしたものかと思って、
そこそこ真剣に読み出した口ですが、
精神安定に若干は役立っています。
哲学好きというのもあります。
2011/04/23(Sat) 06:47 | URL  | gombu #-[ 編集]
嬉しいです
>精神的に、とても安定している。
ってなかなか言えないと思います。調子がいいって事も読む方は嬉しいです。

「諦めている」は後ろ向きな気がしますけど、諦めないことで辛い思いをしたりさせたりする結果になることもあります。
諦め具合?諦め時?が肝心だと思います。私にはできなかったです。

自分の事は諦められても、大事な人の事は諦められないな…と思ったら、
>「失うものが、たくさん、あるんだ。」と思います。
とあったので、本当にそうだなと思いました。

いきなりですが最近読んだ本で面白かった小説がありました。
「永遠の0(ゼロ)」百田尚樹
零戦乗りだった祖父の「臆病者」「天才」と相反する評価を知るうち明かされる真実…というストーリーはもちろんですが、特攻も今まではただ狂信的にそうだったと思っていましたが、その時を生きる人としてという思いがあったのだろうなと感じました。
激しい空中戦と最悪な条件を己の腕だけで生死を分ける描写に息が詰まります。
そして軍の上層部がいかに現場を考えていなかったのか、今も同じだなと思いました。
最近あまり感動することがなく、珍しくおすすめしたくなった本なので、書いてみました。
2011/04/23(Sat) 12:47 | URL  | aki #Dyfj4HAE[ 編集]
のっぽ先生、こんにちは。

今の自分の状況を振り返りながら、のっぽ先生はすごい!私はまだまだだけど、お手本にしていろいろトライしてみよう、と思いました。

「食べて行けて、寝るところがあって、それなりにいい人間関係があって、十分すぎるくらいなのに、もう欲しいものなどないのに、もっとたくさんのことを求められている気がする。それを上手く断ったり、受け流したりできずに、結果的にキャパオーバーになっている。」というのが、今の私の状況です。

「諦めている」という言葉を見て、ハッとしました。のっぽ先生のような「諦め方」もあるんだな、と。悟りに近いようなイメージでしょうか。
自分は、忙しくてくたびれてしまうことをなんとかしようとすることを諦めているなあ、と思いました。

1つ1つ、いろんなものをいい意味で切り捨てていらしたことが、今の精神の安定につながっているのだろうということが、すごく伝わってきました。
切り捨てることはちょっと怖かったりするけれど、少し勇気を出してやってみよう、と思います。
2011/04/23(Sat) 18:34 | URL  | whitekite #-[ 編集]
gombuさん

>プラグイン2くらいにブロとも表示のチェックボックスついてますよ(笑)

管理者ページに入って、見てみたのですが、よく分からなかったので、このままで行きます。

>仏教関連書籍、私も父親が胃がんで死んで、葬式やった後、菩提寺も墓もないし、どうしたものかと思って、そこそこ真剣に読み出した口ですが、精神安定に若干は役立っています。

そういう物なのですね。
2011/04/24(Sun) 10:49 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
また一つ賢くなりました。
akiさん

>調子がいいって事も読む方は嬉しいです。

そういうものなのですね。また一つ賢くなりました。

自分の事の方が、諦めやすいかな、という気がします。

>「永遠の0(ゼロ)」百田尚樹

有難うございます。

一度、読んでみようと思います。

>そして軍の上層部がいかに現場を考えていなかったのか、今も同じだなと思いました。

僕も、そう思います。
2011/04/24(Sun) 11:18 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
whitekiteさん

>「食べて行けて、寝るところがあって、それなりにいい人間関係があって、十分すぎるくらいなのに、もう欲しいものなどないのに、もっとたくさんのことを求められている気がする。それを上手く断ったり、受け流したりできずに、結果的にキャパオーバーになっている。」というのが、今の私の状況です。

数年前の僕は、そうでした。

>もっとたくさんのことを求められている気がする。

そうですよね。僕も、そんな感じでした。

最近は、「僕が頑張っても、そんなに状況は変わらないだろう。(健康なら、ともかく、そうではないので、)ならば、もう、いいか。」と思うようになりました。

断るのは、ストレスですよね。

>悟りに近いようなイメージでしょうか。

そうかな、と思います。

「ある程度、偉い人になれるかな。」「ある程度、社会的な成功を収めることが出来るんじゃないかな。」といった世俗的なものから、「ある程度、人の役に立てるんじゃないかな。」といった「したい事」を諦めるということですね。

>切り捨てることはちょっと怖かったりするけれど、少し勇気を出してやってみよう、と思います。

人によって意見の分かれるところだと思いますが、僕は、やって、とても良かった、と思っています。
2011/04/24(Sun) 12:04 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
追記
カノンさん

>思考をすぐに行動に繋げる重要性は、今回の危機管理における、東電の受験秀才さんたちの脆弱さを見ると、よくわかります。

カノンさんのコメントを読み返していました。

そう言えば、僕も、かつては、受験勉強をした口ですし、成績の良かった人達の存在を、それなりに知っているつもりです。(通っていた高校は進学校でした。)

僕が知る限り、彼らは、そんなに悪い奴だったとは思えないので、長年、そういった環境に身を置くことで、そうなったのか、組織としては、そうならざるを得ないのか、いずれかではないか、と思います。

辛うじて、受験を乗り切った者として、色々と考える所がありました。
2011/04/24(Sun) 23:11 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック