癌との共存を目指しています。
昨日、休職している病院に荷物を取りに行った。看護師さんや事務の方々は、「先生、(病気が良くなったら)戻ってきて下さいね。」と言ってくれた。では、同業者(医者)はどうか、というと以下の通りである。

70歳代の先生「本当は僕がなる番だったのに。」「先生、これからは、ゆっくり仕事をしていけばいい。」
50歳代の先生「あの時。O外科内科に行って、先生、良かったな。」
一つ年上の先生「先生、楽なところ、勤めないかんな。あと、(今後、急に病状が変わることもあり得るから)雇用の安定したところへ行った方がいいんと違う?公的なところがいいと思う。身分の保証もしっかりしているし。」と言ってくれ、その後、具体的な施設の名前を1つ2つ挙げてくれた。

さすがに、精神科とは言え、医者なんだなあ、と思った。
僕の病状から考えると、今、籍のある、この病院への復職がベストである、と言わなかったところ、楽な職場を勧めてくれたところなど、「ああ、きちんと分かっているんだなあ。」と思った。
50歳代の先生は、精神科医として、非常に素晴らしい先生であり、僕も尊敬している先生である。恐らく、僕の病状から考えられる予後が楽観できないと知っているので、あえて、早く受診して良かったな、と言ったんだな、と思った。とは言え、僕自身としては、血便が頻繁に見られるようになった昨年の11月に受診しておきたかった、というのが本音なので、それを聞いて、正直、複雑な思いがした。

今、籍のある病院には、常勤の医者が、僕を含めて9人いる。そのうち、2人が親子(オーナーの血縁。50歳代と30歳代)である。この9人のうち、直腸癌になった人が、僕を含めて3人いる。当院には70歳代の医師が3人いるのだが、僕に「本当は僕がなる番だったのに。」と言った先生以外の2人は、直腸癌になっている。

一人は、内科の先生で、定期健診で見つかった、もしくは経過観察していたポリープが癌化し、手術を受けたようである。2,3週間で復帰されたとのことである。stageは恐らくⅠかⅡだと思われる。化学療法も受けていない。大腸ファイバーで(癌orポリープは)取れるんじゃないか、と聞いたことがあるので、恐らくⅠ期かⅡ期だろう。なお、僕が病院を休み始めた直後に直腸癌であると分かり、手術を受けている。4月に復帰されたと聞いている。
あと一人は、精神科の先生で、当院の名誉院長である。70歳代半ばであるが、精神科医として医師として非常に優秀であったことが見て取れる先生である。人物的にも素晴らしい先生である。
平成15年に、肛門から数cmのところに直腸癌を指摘され、手術を受けている。なお、術後から現在に至るまで、人工肛門をつけている。(大腸癌の手術を数年前に受けたとは聞いたことがあったが、人工肛門の話など昨日、初めて詳細を聞いた。)術後は、化学療法なしでフォローをしていた。平成18年頃、術後3年経ったところで、肝臓に2つ転移巣が出現。これに対し肝切除術を受けている。肝切後、抗癌剤の内服をしていた。現在は、抗癌剤の内服はしていない。
名誉院長から、ストーマを付けた当時はよく失敗して、服を汚してしまい、病院を早退した、という話を聞いた。「我々(医者)は、ちょっと、とか言って、何とかなるが、サラリーマンはそうはいかんだろうしなあ。」と言われるなど、相変わらず良く事の分かった人だなあ、と思ったりもした。
また最後に別れる時、「また機会があったら、会いましょう。」と言われていた。自分の病状、年齢そして僕の病状から考えると、別れ際の挨拶は、上記が妥当であると僕も思った。「本当にこの人はよく事の分かった人だなあ。」と最後の最後まで感心をした。

余談だが、大腸癌は多く、増加傾向にあるという。大腸癌の中で部位別に見て一番多いのが直腸癌(大腸癌全体の約1/3)である。
当院の医者9人のうち、すでに癌になった者が3人。その3人がみんな直腸癌である。仕事やライフスタイルの問題なのか、はたまた、偶然なのか分からないが、かなりの確率であることには違いないと思う。僕自身はもう大腸を全部取ってしまったので、疫学的なことはもはや関係ないと思うのだが、健康な医者とりわけ精神科医にとっては注意すべき疾患なのかもしれない。(n数が9と非常に少ないので、統計的な観点から見ると全く当てにならない考えだと思います。)
あと、今、気が付いたのだが、直腸癌になった3人は皆、痩せ型である。なお、直腸癌でない70歳代の先生は肥えている。50歳代の先生3人も肥えている、もしくは、がっしりとした体格である。成人期の高身長は大腸癌のリスクを上昇させる可能性がある(世界癌研究基金 1997年)というデータもあり、体格要因は意外と侮れない要因なのかもしれない。(当院での話はn数が9と非常に少ないので、統計的な観点から見ると非常に正確性に欠く推論だと思います。)

以上、いろいろと思うところがあった訪問だったが、車を出して病院を離れる際に、医局の先生方が4人出て来てくれて、手を振って僕を見送ってくれたのがすごく嬉しかった。

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【2008/08/19 22:25】 | 思ったこと
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No title
ran
とてもいい環境の病院に勤務されてたのですね
今の状況を察し、その後の心配もして下さるってなかなかできないことですよね

余談ですが
スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんの本に
消化器官の病になる人は、いろんな事をうちにため込んで消化できない人に多く発症する
って、書いてあって
なるほど~~~~だから大腸がんか~~
って、納得したことがあります
今日の記事読んでてなんだかそれが当てはまっているようなそんな感じがしちゃいました
職種が精神科なのでつい。。。。

まったくの余談でした(;^_^ A フキフキ

仕事のしやすい病院でした。
のっぽ187
ranさん

とても仕事がしやすい病院でした。
今回の訪問で、それを再認識しました。

>今日の記事読んでてなんだかそれが当てはまっているようなそんな感じがしちゃいました
職種が精神科なのでつい。。。。

上手に言葉に出来なかったのですが、何となく、そんな気がしていました。

一期一会
カノン
前回、今回のエントリーを拝見して、とても豊かな感受性を持って
いらっしゃるなあ、と思いました。すごく生意気な言い方で申し訳
ないのですが、人間として確実に成長していらっしゃいます。

平岩先生の提唱している、日常生活を妨げない治療、というのは
魅力的ですね。
どこで治療を受けるかということも、本当に難しい選択なのだと
思います。もちろん、地域格差によって、選べない場合もあります。

以前より不思議に思っていることで、かつ、初歩的な質問をしても
よろしいでしょうか。
ご出身の大学には、附属病院がありますよね。執刀医さんが、
とても腕の良い優秀な方だったことはわかります。ただ、特に地方
では、最先端の知識や技術や設備は、やはり大学病院に結集す
るのではないかと思うのですが、手術のときは迷われませんでし
たか。

「また機会があったら、会いましょう」・・・心にしみる挨拶ですね。
敬虔なクリスチャンの方に、別れ際にこう言われて驚いたことが
あります。いつでも会える、と信じて疑わない生活をしている者に
は、重い言葉です。

プロテスタントの教会では、礼拝のとき、「いろいろな事情で、ここ
に集うことのできない兄弟姉妹のために祈りましょう」と牧師さんが
言います。祈りの対象になっていることすら知らない方のために
祈る。飯田先生によれば、その祈りも力になるのでしょうか。

もしそうならば、このブログでコメントしなくても、見守っておられる
多くの方々がいらっしゃる。
のっぽ先生は、祈りに包まれています。

僕の勤めた大学病院
のっぽ187
カノンさん

感受性は強いみたいです。受験にはマイナスでしたが。
自分の感受性の強さが自分の成長にとってプラスに働いているのであれば、それはとても嬉しいことです。

>平岩先生の提唱している、日常生活を妨げない治療、というのは 魅力的ですね。

実際にどの程度、可能なものなのか、これから勉強したいと思います。

>どこで治療を受けるかということも、本当に難しい選択なのだと
思います。もちろん、地域格差によって、選べない場合もあります。

首都圏は充実しているようですね。

僕は、大学病院での勤務は合計1年10ヶ月と短いのですが、その時の話をしたいと思います。
僕の勤めていた大学病院は、非常に仕事がしにくかったです。
点滴を入れるのも医者、緊急の採血も看護師さんは殆どしてくれない、これも医者の仕事。挙句の果てには、保護室(隔離室)に食事やお茶を運ぶのも医者の仕事。理由は「保護室を開けて、食事やお茶を運び入れるのは(看護師にとって)危ないから。」というものでした。
医者は危険な目に遭っても構わない、ということでしょうか。
以上のように、半分、ストライキした状態にある看護スタッフと一緒に仕事をしていました。今から数年前の話です。
2chの医者・病院版の「大学病院の看護師は・・・。」というスレッドに同様の事が書いてあったので、これは全国的なもの、少なくとも国公立の大学病院は上記と似た状況にあると思います。
個々には良い看護師さんもいたのですが、体制がそうなので、個人のレベルではどうしようもないというのが当時の状況でした。
医者にとって仕事のしにくいところで質の高い医療を施すことが出来る訳がない、というのが僕の考えです。
以上から、僕は大学病院を避け、クチコミやインターネットの情報を使って、病院を選んでいます。手術を受けるに当たっても、信頼できる筋からの情報(クチコミ)だったので、迷いは全くありませんでした。
なお、僕の手術をしてくれた先生は名医だと思うのですが、その先生も、僕が病院を変わる際、大学病院はお勧めできない、という趣旨の話をされていました。

>いつでも会える、と信じて疑わない生活をしている者に
は、重い言葉です。

次はいつ会えるのか、そもそも次はあるのか、などと考えてしまいました。

>プロテスタントの教会では、礼拝のとき、「いろいろな事情で、ここ に集うことのできない兄弟姉妹のために祈りましょう」と牧師さんが 言います。祈りの対象になっていることすら知らない方のために祈る。飯田先生によれば、その祈りも力になるのでしょうか。

その祈りも力になる、というのが飯田先生の主張であると思います。

>のっぽ先生は、祈りに包まれています。

有難いことです。本当に有難いことです。祈りの力は間違いなく僕に大きな力を与えてくれていると思います。回復、治癒へと導いてくれる大きな力を与えてくれていると思います。


追記
のっぽ187
カノンさん

追記です。
僕が手術を受けた先生は「大腸外科」を専門としています。
専門範囲が狭いということは、「(大腸の手術に関しては)より熟練されている、経験が豊富である。」ということを意味すると思います。その点でも安心出来ました。
直腸癌のようにポピュラーな病では(名前をよく聞く癌あたりでは)、大学病院の専門性という強みは、システムの硬直(看護師の問題、各科の連携がスムーズに取れない)という弱みで打ち消されてしまうと思います。
治験薬の使用などは、この限りではないと思います。

前院(手術を受けた病院)、今、通っている病院とも、看護師さんは非常に良くしてくれました。その点においても、いい判断が出来たと思っています。

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この記事へのコメント
No title
とてもいい環境の病院に勤務されてたのですね
今の状況を察し、その後の心配もして下さるってなかなかできないことですよね

余談ですが
スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんの本に
消化器官の病になる人は、いろんな事をうちにため込んで消化できない人に多く発症する
って、書いてあって
なるほど~~~~だから大腸がんか~~
って、納得したことがあります
今日の記事読んでてなんだかそれが当てはまっているようなそんな感じがしちゃいました
職種が精神科なのでつい。。。。

まったくの余談でした(;^_^ A フキフキ
2008/08/19(Tue) 23:31 | URL  | ran #LA1CAGAE[ 編集]
仕事のしやすい病院でした。
ranさん

とても仕事がしやすい病院でした。
今回の訪問で、それを再認識しました。

>今日の記事読んでてなんだかそれが当てはまっているようなそんな感じがしちゃいました
職種が精神科なのでつい。。。。

上手に言葉に出来なかったのですが、何となく、そんな気がしていました。
2008/08/20(Wed) 00:51 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
一期一会
前回、今回のエントリーを拝見して、とても豊かな感受性を持って
いらっしゃるなあ、と思いました。すごく生意気な言い方で申し訳
ないのですが、人間として確実に成長していらっしゃいます。

平岩先生の提唱している、日常生活を妨げない治療、というのは
魅力的ですね。
どこで治療を受けるかということも、本当に難しい選択なのだと
思います。もちろん、地域格差によって、選べない場合もあります。

以前より不思議に思っていることで、かつ、初歩的な質問をしても
よろしいでしょうか。
ご出身の大学には、附属病院がありますよね。執刀医さんが、
とても腕の良い優秀な方だったことはわかります。ただ、特に地方
では、最先端の知識や技術や設備は、やはり大学病院に結集す
るのではないかと思うのですが、手術のときは迷われませんでし
たか。

「また機会があったら、会いましょう」・・・心にしみる挨拶ですね。
敬虔なクリスチャンの方に、別れ際にこう言われて驚いたことが
あります。いつでも会える、と信じて疑わない生活をしている者に
は、重い言葉です。

プロテスタントの教会では、礼拝のとき、「いろいろな事情で、ここ
に集うことのできない兄弟姉妹のために祈りましょう」と牧師さんが
言います。祈りの対象になっていることすら知らない方のために
祈る。飯田先生によれば、その祈りも力になるのでしょうか。

もしそうならば、このブログでコメントしなくても、見守っておられる
多くの方々がいらっしゃる。
のっぽ先生は、祈りに包まれています。
2008/08/20(Wed) 01:21 | URL  | カノン #-[ 編集]
僕の勤めた大学病院
カノンさん

感受性は強いみたいです。受験にはマイナスでしたが。
自分の感受性の強さが自分の成長にとってプラスに働いているのであれば、それはとても嬉しいことです。

>平岩先生の提唱している、日常生活を妨げない治療、というのは 魅力的ですね。

実際にどの程度、可能なものなのか、これから勉強したいと思います。

>どこで治療を受けるかということも、本当に難しい選択なのだと
思います。もちろん、地域格差によって、選べない場合もあります。

首都圏は充実しているようですね。

僕は、大学病院での勤務は合計1年10ヶ月と短いのですが、その時の話をしたいと思います。
僕の勤めていた大学病院は、非常に仕事がしにくかったです。
点滴を入れるのも医者、緊急の採血も看護師さんは殆どしてくれない、これも医者の仕事。挙句の果てには、保護室(隔離室)に食事やお茶を運ぶのも医者の仕事。理由は「保護室を開けて、食事やお茶を運び入れるのは(看護師にとって)危ないから。」というものでした。
医者は危険な目に遭っても構わない、ということでしょうか。
以上のように、半分、ストライキした状態にある看護スタッフと一緒に仕事をしていました。今から数年前の話です。
2chの医者・病院版の「大学病院の看護師は・・・。」というスレッドに同様の事が書いてあったので、これは全国的なもの、少なくとも国公立の大学病院は上記と似た状況にあると思います。
個々には良い看護師さんもいたのですが、体制がそうなので、個人のレベルではどうしようもないというのが当時の状況でした。
医者にとって仕事のしにくいところで質の高い医療を施すことが出来る訳がない、というのが僕の考えです。
以上から、僕は大学病院を避け、クチコミやインターネットの情報を使って、病院を選んでいます。手術を受けるに当たっても、信頼できる筋からの情報(クチコミ)だったので、迷いは全くありませんでした。
なお、僕の手術をしてくれた先生は名医だと思うのですが、その先生も、僕が病院を変わる際、大学病院はお勧めできない、という趣旨の話をされていました。

>いつでも会える、と信じて疑わない生活をしている者に
は、重い言葉です。

次はいつ会えるのか、そもそも次はあるのか、などと考えてしまいました。

>プロテスタントの教会では、礼拝のとき、「いろいろな事情で、ここ に集うことのできない兄弟姉妹のために祈りましょう」と牧師さんが 言います。祈りの対象になっていることすら知らない方のために祈る。飯田先生によれば、その祈りも力になるのでしょうか。

その祈りも力になる、というのが飯田先生の主張であると思います。

>のっぽ先生は、祈りに包まれています。

有難いことです。本当に有難いことです。祈りの力は間違いなく僕に大きな力を与えてくれていると思います。回復、治癒へと導いてくれる大きな力を与えてくれていると思います。
2008/08/20(Wed) 11:25 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
追記
カノンさん

追記です。
僕が手術を受けた先生は「大腸外科」を専門としています。
専門範囲が狭いということは、「(大腸の手術に関しては)より熟練されている、経験が豊富である。」ということを意味すると思います。その点でも安心出来ました。
直腸癌のようにポピュラーな病では(名前をよく聞く癌あたりでは)、大学病院の専門性という強みは、システムの硬直(看護師の問題、各科の連携がスムーズに取れない)という弱みで打ち消されてしまうと思います。
治験薬の使用などは、この限りではないと思います。

前院(手術を受けた病院)、今、通っている病院とも、看護師さんは非常に良くしてくれました。その点においても、いい判断が出来たと思っています。
2008/08/20(Wed) 11:48 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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