癌との共存を目指しています。
標準投与量の75%の量を現在、投与を受けている。これを50%に引き下げるということになると、副作用は減る一方、がん細胞をやっつける効果も減る。主治医のこの言い分に、おかしいところはない。
現在、オキサリプラチンと5-FUの投与を受けているので、下痢の原因そして恐らく過鎮静の原因とも思われる5-FUだけを減らすということは出来ないのか、とも思うが、処方内容に口を出すのは、良くないと思うので、まずは「副作用が強い。薬を減らして欲しい。」という線で行ってみようと思う。
恐らく、(アメリカの学会によって)用意されたレシピ(料理のレシピと同じ意味)が3つか4つあるので、そのレシピの中から減らした用量のレシピをきっと出してくるのだろう。

本来、薬は主作用が効力を発揮し効く用量と害作用が出てしまう用量との間に多少開き、もしくは、ずれがあるものだと思うのだが、抗癌剤の場合はどうなのだろうか。
標準的な投与量で問題なく行けている人は、その個体においては、効く用量と害作用が出る用量の間に開き、もしくは、ずれが存在し、いい用量に薬の量を調整できているのだろう。
しかし、効く用量と害作用が出る用量に開きがないケース、個体の場合は一体どうなるのだろうか。

75%の用量で結構強い(と僕は感じる)害作用が出ている。その一方、50%未満では、効くというエビデンスがない、もしくは、効いた経験が殆どない、という。効く用量と害作用が出る用量は、僕という個体においては、どうもそれ程、開きはないようだ。

害作用に耐えて、エンドレスに治療を受ける、というのは、すでに放棄している(そう申告する予定)。
エビデンスのある用量では、害作用が出てしまうというケースは、患者が耐えるか、その治療を放棄する以外、道はない。(エビデンスのない用量で害作用が出ない用量を設定し、それで投薬を続けていくという選択肢も本当はあると思うが。)
「エビデンスがない。→責任が持てない。→治療できない。」という図式を主治医が持っているとすれば、エビデンスのある用量で辛いと感じてしまうくらいの害作用が出てしまうケースでは、患者が耐える以外には、(エビデンスに乗った)治療を受ける手立てはない。

患者が耐えるか、耐えられないと言い治療から外れる(一般には、見放された、とも言うだろう)かは、エビデンスのある用量と強い害作用が出る用量が近接しているケースでは、患者が自ら選ばないといけない問題だ。

しかし、よくよく考えて思うのは、「抗癌剤は、意外と打てる手が少ない。」ということだ。

FC2blog テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

【2008/08/13 09:25】 | 自分の体
トラックバック(0) |

No title
ran
素人では薬の事はよくわかりません
会計の時毎回「薬の変更があるのでちょっと待ってください」って言われるから量はエビデンスと違うのかな?って思ったりもしてますが確認はしてません。
適量と効果ってやはり結果論でしょ?
量を減らして根絶ではなく「仲よく」っていう考えもあるし
でも、それを探ってくれて治療をするのは医者の仕事でもあるわけで、一患者では訴えるだけですね
今のケモにしても「エビデンスで今現在最高の結果」が出ている。という万人に通用しないかもわからないものであるわけで
色々探っていると全く別の部位のケモが効いた。ってケースだってあるみたいだし

今の私の状態だと「余命」って言葉が気になって主治医に聞いてみた
すると「余命なんてわからない。緩和だけの治療はしない」って返事でした「副作用も考えながら薬を出す」とも(エビデンス超えてます)
だから、この病院に命預けよう。って思いました。それしかできない患者です

エビデンス。お医者様に言うのも何なんですが
これ自体眉つば物のような気がします。

良い心掛けが良い結果に結びつく。
のっぽ187
ranさん

>今のケモにしても「エビデンスで今現在最高の結果」が出ている。

ranさんの、これまでの心掛けが、この結果に結びついているのだと思います。

>この病院に命預けよう。って思いました。

こう思える、というのは、幸せなことだと思います。論理的に説明は出来ないけど、直感で、そう思います。

>エビデンス。お医者様に言うのも何なんですが
これ自体眉つば物のような気がします。

いえいえ。はっきり言って戴ける方が有難いです。その方が考える機会が与えられますから。
ranさんが言う通りなのかもしれません。
僕自身、エビデンスを重視した医療を行ってきた口なので、エビデンスに基づく医療については、色んな思いがあります。ちょっと一言では言い表せないですね。

No title
つる つるこ
私の主治医は「細々とでもいいから長く投与することに意味がある」という考えの持ち主なのですが、世の中の主流とは違うのでしょうか。
エビデンスという言い方も、統計学上の意味(たとえば、p<0.05くらいなら、検定方法によって有意差無くなるし。あ、でも医療系の統計学だと検定方法も限定されている?)だと思っているので、n=1の私自身が、平均値や中央値にならなくても何の不思議もないと思っています。
でも、私が医師だったら、なるべく可能性の高いこと勧めたいよな~と思うので、「標準治療」とか「ガイドライン」に則するだろうな~と思っています。って、そういう話ではないですか????


エビデンス
Ito
医療のエビデンスの問題は難しいですね。

99%の確率で完治できるというエビンデスに基づいてその治療を受けたとしても、残り1%の確率で治らない人もいるわけですよね。

それは治療をする側にとっては1/100の例外として捉えられるのでしょうが、治療を受ける当人にとってはそんな数字とは関係なく、他人とは取替えのきかない自分自身が治らなければ1/1(100%)の問題として対処しなければならないことになるはずです。

全体を見れば、エビデンスに基づいて治る確率が高い治療を行うという行為は正しいことなのでしょうが、個々の患者にとっては自分の命に関わる大切な問題で、エビデンスに基づく治療というのは、単なる確率の問題と割り切って考えられるほど簡単なことではないというところが難しい問題ですね。

エビデンス
のっぽ187
つる つるこさん

僕の主治医は、エビデンスを非常に大切にする人のようで、効果がないことはしない、という考え方の人です。なお、僕の主治医は、「外科医として、oncologist(腫瘍専門医)として・・・。」というフレーズを時々用います。
個人的な印象(僕が接した数人の外科医、腫瘍専門医を見て)を述べると、外科医と腫瘍内科医(手術をしない腫瘍専門医)の間には、化学療法についてだいぶ、意見に差があるようです。例えば、アバスチンについては、外科医は高く評価しているのに対し、腫瘍内科医、腫瘍専門医は、それほど高く評価していないようです。

実は、僕自身、エビデンス(きちんとした統計に基づいた結果のこと、直訳する分には証拠という訳がいいと思う)を重視した診療をこれまで(今年の3月まで)行っていました。精神科医の中では、だいぶエビデンスを重視する方でした。
恐らく(腫瘍についての論文をきちんと読んだことがないので、強くは言えませんが)、標準的な用量でのエビデンスは、そこそこあるので、標準的な用量もしくは、それに近い用量での投与はし易く(責任を持って出来る)、少ない用量でのエビデンスは少ない(そういうトライアル自体が少ないのか、いい結果が出ていないのかは、僕には分からない)ので、責任を持った投与はしにくい、もしくは出来ないということだろうと思います。

エビデンスの用い方
のっぽ187
Itoさん

ようこそ。このテーマでコメントを戴けて、とっても嬉しいです。
結構、本気モードで書いたエントリーだったので、とても嬉しかったりします。

Itoさんのコメントは、核心を突いています。さすがです。

主治医にとっては、例外事象であっても、僕にとっては、今の体験が全てですから、そうやすやすとは引き下がれません。

僕は精神科医なので、精神科での例をとって話をしたいと思います。
うつ病の方に使う抗うつ薬は、10数種類あると思うのですが、特に必要性が高い薬は、「奏効率が高く、その上、副作用での脱落(薬を飲み続けることが出来ないくらい強い副作用が出る)が少ない薬。」ということになると思います。
ここで問題なのは、僕らが使うことが出来る薬は、①奏効率自体は結構、高いが、副作用が一部の患者さんにとっては辛く、「もう、あんなところ(精神科の外来)、行かへん。」となってしまうような薬。②副作用は、そこそこ。でも、奏効率は①の薬より実は落ちる。と二手に分かれてしまうことです。

精神科領域では、この10年くらい②が流行っているのですが、腫瘍科の領域では、なかなかそうは行かないと思います。

とは言え、個人的な印象を言うと、腫瘍科の領域は、余りに奏効率を重視し過ぎていて、副作用に対するケア、関心が十分でない、と思います。
まあ、生きるか死ぬか、という問題が余りに大き過ぎて、それ以外のところに目が行かない、行きにくいというのも分からないではないですが。
ついつい、僕が精神科の患者さんにしていた治療の感覚で、物を考えてしまいます。

Itoさんにブログを勧められて、こうやって書き始めた訳ですが、自分一人では、これだけ深く一つのことを洞察することは出来なかったと思います。(もちろん、ブログを書くメリットは、それだけではないですが。)本当に有難うございました。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
No title
素人では薬の事はよくわかりません
会計の時毎回「薬の変更があるのでちょっと待ってください」って言われるから量はエビデンスと違うのかな?って思ったりもしてますが確認はしてません。
適量と効果ってやはり結果論でしょ?
量を減らして根絶ではなく「仲よく」っていう考えもあるし
でも、それを探ってくれて治療をするのは医者の仕事でもあるわけで、一患者では訴えるだけですね
今のケモにしても「エビデンスで今現在最高の結果」が出ている。という万人に通用しないかもわからないものであるわけで
色々探っていると全く別の部位のケモが効いた。ってケースだってあるみたいだし

今の私の状態だと「余命」って言葉が気になって主治医に聞いてみた
すると「余命なんてわからない。緩和だけの治療はしない」って返事でした「副作用も考えながら薬を出す」とも(エビデンス超えてます)
だから、この病院に命預けよう。って思いました。それしかできない患者です

エビデンス。お医者様に言うのも何なんですが
これ自体眉つば物のような気がします。
2008/08/13(Wed) 23:41 | URL  | ran #LA1CAGAE[ 編集]
良い心掛けが良い結果に結びつく。
ranさん

>今のケモにしても「エビデンスで今現在最高の結果」が出ている。

ranさんの、これまでの心掛けが、この結果に結びついているのだと思います。

>この病院に命預けよう。って思いました。

こう思える、というのは、幸せなことだと思います。論理的に説明は出来ないけど、直感で、そう思います。

>エビデンス。お医者様に言うのも何なんですが
これ自体眉つば物のような気がします。

いえいえ。はっきり言って戴ける方が有難いです。その方が考える機会が与えられますから。
ranさんが言う通りなのかもしれません。
僕自身、エビデンスを重視した医療を行ってきた口なので、エビデンスに基づく医療については、色んな思いがあります。ちょっと一言では言い表せないですね。
2008/08/14(Thu) 00:00 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
No title
私の主治医は「細々とでもいいから長く投与することに意味がある」という考えの持ち主なのですが、世の中の主流とは違うのでしょうか。
エビデンスという言い方も、統計学上の意味(たとえば、p<0.05くらいなら、検定方法によって有意差無くなるし。あ、でも医療系の統計学だと検定方法も限定されている?)だと思っているので、n=1の私自身が、平均値や中央値にならなくても何の不思議もないと思っています。
でも、私が医師だったら、なるべく可能性の高いこと勧めたいよな~と思うので、「標準治療」とか「ガイドライン」に則するだろうな~と思っています。って、そういう話ではないですか????
2008/08/14(Thu) 09:29 | URL  | つる つるこ #JalddpaA[ 編集]
エビデンス
医療のエビデンスの問題は難しいですね。

99%の確率で完治できるというエビンデスに基づいてその治療を受けたとしても、残り1%の確率で治らない人もいるわけですよね。

それは治療をする側にとっては1/100の例外として捉えられるのでしょうが、治療を受ける当人にとってはそんな数字とは関係なく、他人とは取替えのきかない自分自身が治らなければ1/1(100%)の問題として対処しなければならないことになるはずです。

全体を見れば、エビデンスに基づいて治る確率が高い治療を行うという行為は正しいことなのでしょうが、個々の患者にとっては自分の命に関わる大切な問題で、エビデンスに基づく治療というのは、単なる確率の問題と割り切って考えられるほど簡単なことではないというところが難しい問題ですね。
2008/08/14(Thu) 11:30 | URL  | Ito #ch2f7abI[ 編集]
エビデンス
つる つるこさん

僕の主治医は、エビデンスを非常に大切にする人のようで、効果がないことはしない、という考え方の人です。なお、僕の主治医は、「外科医として、oncologist(腫瘍専門医)として・・・。」というフレーズを時々用います。
個人的な印象(僕が接した数人の外科医、腫瘍専門医を見て)を述べると、外科医と腫瘍内科医(手術をしない腫瘍専門医)の間には、化学療法についてだいぶ、意見に差があるようです。例えば、アバスチンについては、外科医は高く評価しているのに対し、腫瘍内科医、腫瘍専門医は、それほど高く評価していないようです。

実は、僕自身、エビデンス(きちんとした統計に基づいた結果のこと、直訳する分には証拠という訳がいいと思う)を重視した診療をこれまで(今年の3月まで)行っていました。精神科医の中では、だいぶエビデンスを重視する方でした。
恐らく(腫瘍についての論文をきちんと読んだことがないので、強くは言えませんが)、標準的な用量でのエビデンスは、そこそこあるので、標準的な用量もしくは、それに近い用量での投与はし易く(責任を持って出来る)、少ない用量でのエビデンスは少ない(そういうトライアル自体が少ないのか、いい結果が出ていないのかは、僕には分からない)ので、責任を持った投与はしにくい、もしくは出来ないということだろうと思います。
2008/08/14(Thu) 17:39 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
エビデンスの用い方
Itoさん

ようこそ。このテーマでコメントを戴けて、とっても嬉しいです。
結構、本気モードで書いたエントリーだったので、とても嬉しかったりします。

Itoさんのコメントは、核心を突いています。さすがです。

主治医にとっては、例外事象であっても、僕にとっては、今の体験が全てですから、そうやすやすとは引き下がれません。

僕は精神科医なので、精神科での例をとって話をしたいと思います。
うつ病の方に使う抗うつ薬は、10数種類あると思うのですが、特に必要性が高い薬は、「奏効率が高く、その上、副作用での脱落(薬を飲み続けることが出来ないくらい強い副作用が出る)が少ない薬。」ということになると思います。
ここで問題なのは、僕らが使うことが出来る薬は、①奏効率自体は結構、高いが、副作用が一部の患者さんにとっては辛く、「もう、あんなところ(精神科の外来)、行かへん。」となってしまうような薬。②副作用は、そこそこ。でも、奏効率は①の薬より実は落ちる。と二手に分かれてしまうことです。

精神科領域では、この10年くらい②が流行っているのですが、腫瘍科の領域では、なかなかそうは行かないと思います。

とは言え、個人的な印象を言うと、腫瘍科の領域は、余りに奏効率を重視し過ぎていて、副作用に対するケア、関心が十分でない、と思います。
まあ、生きるか死ぬか、という問題が余りに大き過ぎて、それ以外のところに目が行かない、行きにくいというのも分からないではないですが。
ついつい、僕が精神科の患者さんにしていた治療の感覚で、物を考えてしまいます。

Itoさんにブログを勧められて、こうやって書き始めた訳ですが、自分一人では、これだけ深く一つのことを洞察することは出来なかったと思います。(もちろん、ブログを書くメリットは、それだけではないですが。)本当に有難うございました。
2008/08/14(Thu) 18:37 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック