癌との共存を目指しています。
小幡績PhDの行動ファイナンス投資日記http://blog.livedoor.jp/sobata2005/archives/2009-06.html#より抜粋。

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転落のメカニズム

重大な決断ほど、失敗する。それはなぜだろうか。

マフィーズローでもなんでもない。重大な決断ほど、冷静な判断は出来ない。自分にとって大きな決断だからだ。だから冷静さを失う。

さらに、重大な決断とは、一生に一度。100年に一度どころではない。常に前代未聞だ。だから、経験がない。歴史に学べない。だから、間違う。

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株式投資についてのサイトだが(そのつもりで読んでいた)、直腸癌を指摘された頃の自分を思い出した。良い判断をすることについて深く考えさせられた。

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【2010/05/06 01:37】 | 思ったこと
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こんにちは
ぱぐお
お仕事復帰されたのですね。おめでとうございます。
お仕事に出かけられるまでに体調が戻られてよかったです。
GW中はお仕事はお休みでいらしたのでしょうか。

よい判断、難しいです。
いつも人生の節目節目に「よくない」判断をしてきているような気がします(後で考えれば)。

間違った判断をしてしまっても
それが取り返せればよいのにと思います・・・


GW終わってしまった。
仕事があるありがたみ、仕事ができるありがたみを感じながらも、お盆休みがはや待ち遠しいです。
のっぽ先生、退院明けですし。どうぞご無理なさらず、くれぐれもご自愛くださいませ。

有難うございます。
のっぽ187
ぱぐおさん

>お仕事復帰されたのですね。おめでとうございます。 お仕事に出かけられるまでに体調が戻られてよかったです。

有難うございます。お蔭様で、手術後の経過は、すこぶる良好です。

抗癌剤治療が始まるまでの2週間、仕事に行くことにしました。仕事に行っているとは言え、外来、入院で受け持っていた患者さんは、みんな他の先生にお願いしています。(手術前に手放しました。)その日、休みの先生が診ている患者さんを診たりしています。

5月2日から5日は、休みを頂きました。今、勤めている病院では、平日、土曜日の当直を外してもらっていますし、日祝日の日直、当直も外してもらっています。

>いつも人生の節目節目に「よくない」判断をしてきているような気がします(後で考えれば)。

初めの開腹手術は、今を思えば、直腸の癌のところだけを取るのが正解だったな、と思います。(大腸を残していたために、大腸にあったポリープのうち、一つが癌化してしまった、という可能性もありますが。)

重大な決断ほど、悪い結果を恐れる余り、バランスの取れた判断をすることが出来ない、と思います。少なくとも、これまで僕はそうでした。

程よいペースで仕事が出来れば良いのですが、いざ休みが明けて、仕事が始まると、(仕事の量が多いからでしょうか)休みが恋しくなりますね。

>のっぽ先生、退院明けですし。どうぞご無理なさらず、くれぐれもご自愛くださいませ。

有難うございます。無理しないようにします。

防御システム
カノン
良い判断をすることは、本当に難しいことです。
のっぽ先生は、良い判断をするのに必要なのは、「冷静さ」と「知識」と書いてくださいました。まさに仰るとおりだ、と思います。

そして、この「知識」が、結構曲者です。
私はこれまで、知識といえば理性だ、と思ってきました。感情的な好き嫌いで決めるわけではないので、間違うことも少ないだろう、と思っていました。
でも、自分の持っている知識のうち、どれを選ぶかというのは、かなり感情に左右されるものなのですね。

ですから、のっぽ先生が告知されて、その日の記憶を失ってしまうほどの衝撃を受けられた頃は、扁桃体は生命の危機にさらされた恐怖で、いっぱいだったわけですから、生きていく方法として、大腸全摘術を選ばれたのは、その時は仕方のないことだったなあ、と思います。

その後の経緯や、現在のQOLを拝見しますと、仕方なかったとは考え難いところもあるかと思いますが(ましてや、他人にそう言われたくないよ、とお感じになられて当然なので、申し訳ないのですが)、人類は生命の危機の恐怖に直面した時、過剰なまでの防御をして、生き延びてきたのだろう、と思います。
それほど強固な記憶が、私たちには刷り込まれているのではないでしょうか。

そして、そこから自由になるのに支えになるものは、自分で試行錯誤して得た経験や、その時々に積み重ねてきた知識といえるかもしれません。

お仕事への対処や、今後の方針を拝見して、のっぽ先生は強くなられた、という印象を強く持ちました。

はじめまして
whitekite
のっぽ先生、みなさん、はじめまして。

whitekiteといいます。2008年12月に直腸癌手術(初期でした)を受け、2009年4月までストーマ生活をし、その後職場復帰も果たしましたが、2010年3月にCA19-9が突然基準値を超え、諸々検査した結果、2010年5月末、右卵巣摘出手術をすることに今日決まりました。

これまで、のっぽ先生のブログ、みなさんのコメントを読ませていただきながら沢山励まされたり、考えさせられたりしました。ありがとうございました。

いつか、自分もコメントしたいな、、と思っていたのですが、今日、手術が決まったので、思い切ってコメントすることにしました。

どうぞよろしくお願いいたします。

こちらこそ、初めまして。
のっぽ187
whitekiteさん

こちらこそ、初めまして。

>これまで、のっぽ先生のブログ、みなさんのコメントを読ませていただきながら沢山励まされたり、考えさせられたりしました。ありがとうございました。

お役に立てて、本当に良かったです。

>2010年3月にCA19-9が突然基準値を超え、諸々検査した結果、2010年5月末、右卵巣摘出手術をすることに今日決まりました。

再発を受け容れるのは、なかなか大変だと思うのですが、見つかった以上は納得の出来る手術をお受けになって下さい。

ご存知だと思うのですが、手術は根治性(きれいに癌が取り切れるか)と術後のQOL(生活の質ですね。片方の卵巣だけを取るのであれば、問題ないと思うのですが、子供を作る機能を残せるか、ということでしょうか。)を量り天秤に掛けて行うものだと思います。

この図式が、1回目の手術を受ける時点で、はっきりと頭の中になかったのが、今、考えると良くなかったのかも知れないのですが、済んだことですし、仕方ないです。(3つ前の、ぱぐおさんに書いたコメントで少し触れています。)

なお、2回目の手術については、胸腔鏡下で取れるのであれば、QOLを保ったまま、きれいに取ることが出来るので、それが最善ということになりますよね。(そこまで考えなくても、胸腔鏡下で取れるのがベストですよね。)

頂いたコメントから少し外れた返事になってしまいました。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。

お返事ありがとうございました
whitekite
のっぽ先生
お返事どうもありがとうございました。
お礼のコメントが遅くなってすみません。

その後、担当医師や知人医師と相談した結果、私の場合は開腹手術をすることになりました。卵巣を取り出すときにつぶして(?)しまったり裏側等に病巣が隠れていた際にも確実に取り除けるようにだそうです。

QOLは、一番大事に考えなくてはと思いました。直腸癌後の生活は、自分で頑張りすぎてつらくしてしまった気もするので、今回は「自分が心地よく生きられる」という判断基準でいろいろ決めていこうと思っています。

今回の手術は、そのことに気づき生きていくために与えられたことなのかもと思っています。

そのように思えるのも、のっぽ先生のブログや、ここに集うみなさんのコメントやそれぞれのブログのおかげだと思いました。ありがとうございます。

いえいえ、どう致しまして。
のっぽ187
whitekiteさん

>お返事どうもありがとうございました。

いえいえ、どう致しまして。

>お礼のコメントが遅くなってすみません。

全然、気になさらないで下さい。

開腹手術のいいところは、
①視野をきちんと確保できるところ。
②機械を使うよりは手でした方が、操作が確実であること。
だと思います。

>今回は「自分が心地よく生きられる」という判断基準でいろいろ決めていこうと思っています。

それが一番だと思います。

>そのように思えるのも、のっぽ先生のブログや、ここに集うみなさんのコメントやそれぞれのブログのおかげだと思いました。ありがとうございます。

お役に立てて、とても嬉しく思います。

深い気付き
のっぽ187
カノンさん

このコメントを読んで、深く考えるところがありました。それで、すぐに返事をしなかったのですが、抗癌剤の投与をはさんで、返事がだいぶ、遅くなってしまいました。すみません。

知識は、「追い込まれた時に、いい判断をするに当たって役に立つのか。」という問題ですが、僕は役に立つと考えています。ただ、追い込まれた時に役に立つものは、表層的な知識ではなくて、深い理解ではないかな、と思います。

癌を指摘される前の、僕の知識は、表層的なものでした。自分が体験する、周りにそれを体験した人がいる、主治医や担当看護師としてみることがあれば、違ったのかも知れませんが、そういったことなく過ごしていた自分に術後の状態を想像することは不可能であったと思います。

前もって、インターネットで調べるという手もあったと思うのですが、当時の精神状態で、それは不可能でした。(大腸ポリポーシス、肺転移を告げられてから、家でどう過ごしたか、殆ど憶えていないです。)

自分がこのことから一臨床医として学ぶことがあるとすれば、「患者さんの気が動転している時は、ある程度、こちらが道筋をつける。」のがより良いだろうということですね。(手術をしてくれた先生は、僕が医者だと知っていたので、選択肢を示して、僕に選ばせてくれたのだと思います。)

一方、ある程度、患者さんが冷静な時は、「選択肢を示して、自分で選んで頂く。」でいいのではないか、と思います。

>人類は生命の危機の恐怖に直面した時、過剰なまでの防御をして、生き延びてきたのだろう、と思います。

そうですね。

カノンさんも御存知のように、私達の祖先は狩猟をして暮らしていました。 肉食の動物に襲われた際、素早く逃げる、もしくは、武器を取って戦うということが出来ない個体は淘汰されました。僕らは、そういった「危機への対応」に優れた個体の子孫です。(自分でも、そういう遺伝子を引き継いでいることを時に感じます。)

しかし、狩猟をしていた頃に必要とされた「危機への対応」をする能力は、たぶん、現在の社会で物事を判断するに当たって、マイナスになることがあるんだと思います。(時として、悪い判断に導いてしまう。)

なかなか、「仕方がなかった」と諦観するところまでは行きませんが、論理的に考えても、また自分に流れる祖先の血のことを思い起こしても、結論は「仕方なかった」ですね。

>お仕事への対処や、今後の方針を拝見して、のっぽ先生は強くなられた、という印象を強く持ちました。

我ながら、そう思います。

今回のコメントは、深い気付きを僕に与えてくれました。本当に有難うございます。

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コメント
この記事へのコメント
こんにちは
お仕事復帰されたのですね。おめでとうございます。
お仕事に出かけられるまでに体調が戻られてよかったです。
GW中はお仕事はお休みでいらしたのでしょうか。

よい判断、難しいです。
いつも人生の節目節目に「よくない」判断をしてきているような気がします(後で考えれば)。

間違った判断をしてしまっても
それが取り返せればよいのにと思います・・・


GW終わってしまった。
仕事があるありがたみ、仕事ができるありがたみを感じながらも、お盆休みがはや待ち遠しいです。
のっぽ先生、退院明けですし。どうぞご無理なさらず、くれぐれもご自愛くださいませ。
2010/05/08(Sat) 18:57 | URL  | ぱぐお #Og9QlhnU[ 編集]
有難うございます。
ぱぐおさん

>お仕事復帰されたのですね。おめでとうございます。 お仕事に出かけられるまでに体調が戻られてよかったです。

有難うございます。お蔭様で、手術後の経過は、すこぶる良好です。

抗癌剤治療が始まるまでの2週間、仕事に行くことにしました。仕事に行っているとは言え、外来、入院で受け持っていた患者さんは、みんな他の先生にお願いしています。(手術前に手放しました。)その日、休みの先生が診ている患者さんを診たりしています。

5月2日から5日は、休みを頂きました。今、勤めている病院では、平日、土曜日の当直を外してもらっていますし、日祝日の日直、当直も外してもらっています。

>いつも人生の節目節目に「よくない」判断をしてきているような気がします(後で考えれば)。

初めの開腹手術は、今を思えば、直腸の癌のところだけを取るのが正解だったな、と思います。(大腸を残していたために、大腸にあったポリープのうち、一つが癌化してしまった、という可能性もありますが。)

重大な決断ほど、悪い結果を恐れる余り、バランスの取れた判断をすることが出来ない、と思います。少なくとも、これまで僕はそうでした。

程よいペースで仕事が出来れば良いのですが、いざ休みが明けて、仕事が始まると、(仕事の量が多いからでしょうか)休みが恋しくなりますね。

>のっぽ先生、退院明けですし。どうぞご無理なさらず、くれぐれもご自愛くださいませ。

有難うございます。無理しないようにします。
2010/05/10(Mon) 19:12 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
防御システム
良い判断をすることは、本当に難しいことです。
のっぽ先生は、良い判断をするのに必要なのは、「冷静さ」と「知識」と書いてくださいました。まさに仰るとおりだ、と思います。

そして、この「知識」が、結構曲者です。
私はこれまで、知識といえば理性だ、と思ってきました。感情的な好き嫌いで決めるわけではないので、間違うことも少ないだろう、と思っていました。
でも、自分の持っている知識のうち、どれを選ぶかというのは、かなり感情に左右されるものなのですね。

ですから、のっぽ先生が告知されて、その日の記憶を失ってしまうほどの衝撃を受けられた頃は、扁桃体は生命の危機にさらされた恐怖で、いっぱいだったわけですから、生きていく方法として、大腸全摘術を選ばれたのは、その時は仕方のないことだったなあ、と思います。

その後の経緯や、現在のQOLを拝見しますと、仕方なかったとは考え難いところもあるかと思いますが(ましてや、他人にそう言われたくないよ、とお感じになられて当然なので、申し訳ないのですが)、人類は生命の危機の恐怖に直面した時、過剰なまでの防御をして、生き延びてきたのだろう、と思います。
それほど強固な記憶が、私たちには刷り込まれているのではないでしょうか。

そして、そこから自由になるのに支えになるものは、自分で試行錯誤して得た経験や、その時々に積み重ねてきた知識といえるかもしれません。

お仕事への対処や、今後の方針を拝見して、のっぽ先生は強くなられた、という印象を強く持ちました。
2010/05/11(Tue) 00:04 | URL  | カノン #-[ 編集]
はじめまして
のっぽ先生、みなさん、はじめまして。

whitekiteといいます。2008年12月に直腸癌手術(初期でした)を受け、2009年4月までストーマ生活をし、その後職場復帰も果たしましたが、2010年3月にCA19-9が突然基準値を超え、諸々検査した結果、2010年5月末、右卵巣摘出手術をすることに今日決まりました。

これまで、のっぽ先生のブログ、みなさんのコメントを読ませていただきながら沢山励まされたり、考えさせられたりしました。ありがとうございました。

いつか、自分もコメントしたいな、、と思っていたのですが、今日、手術が決まったので、思い切ってコメントすることにしました。

どうぞよろしくお願いいたします。
2010/05/11(Tue) 17:37 | URL  | whitekite #-[ 編集]
こちらこそ、初めまして。
whitekiteさん

こちらこそ、初めまして。

>これまで、のっぽ先生のブログ、みなさんのコメントを読ませていただきながら沢山励まされたり、考えさせられたりしました。ありがとうございました。

お役に立てて、本当に良かったです。

>2010年3月にCA19-9が突然基準値を超え、諸々検査した結果、2010年5月末、右卵巣摘出手術をすることに今日決まりました。

再発を受け容れるのは、なかなか大変だと思うのですが、見つかった以上は納得の出来る手術をお受けになって下さい。

ご存知だと思うのですが、手術は根治性(きれいに癌が取り切れるか)と術後のQOL(生活の質ですね。片方の卵巣だけを取るのであれば、問題ないと思うのですが、子供を作る機能を残せるか、ということでしょうか。)を量り天秤に掛けて行うものだと思います。

この図式が、1回目の手術を受ける時点で、はっきりと頭の中になかったのが、今、考えると良くなかったのかも知れないのですが、済んだことですし、仕方ないです。(3つ前の、ぱぐおさんに書いたコメントで少し触れています。)

なお、2回目の手術については、胸腔鏡下で取れるのであれば、QOLを保ったまま、きれいに取ることが出来るので、それが最善ということになりますよね。(そこまで考えなくても、胸腔鏡下で取れるのがベストですよね。)

頂いたコメントから少し外れた返事になってしまいました。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。
2010/05/14(Fri) 22:44 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
お返事ありがとうございました
のっぽ先生
お返事どうもありがとうございました。
お礼のコメントが遅くなってすみません。

その後、担当医師や知人医師と相談した結果、私の場合は開腹手術をすることになりました。卵巣を取り出すときにつぶして(?)しまったり裏側等に病巣が隠れていた際にも確実に取り除けるようにだそうです。

QOLは、一番大事に考えなくてはと思いました。直腸癌後の生活は、自分で頑張りすぎてつらくしてしまった気もするので、今回は「自分が心地よく生きられる」という判断基準でいろいろ決めていこうと思っています。

今回の手術は、そのことに気づき生きていくために与えられたことなのかもと思っています。

そのように思えるのも、のっぽ先生のブログや、ここに集うみなさんのコメントやそれぞれのブログのおかげだと思いました。ありがとうございます。
2010/05/23(Sun) 10:55 | URL  | whitekite #-[ 編集]
いえいえ、どう致しまして。
whitekiteさん

>お返事どうもありがとうございました。

いえいえ、どう致しまして。

>お礼のコメントが遅くなってすみません。

全然、気になさらないで下さい。

開腹手術のいいところは、
①視野をきちんと確保できるところ。
②機械を使うよりは手でした方が、操作が確実であること。
だと思います。

>今回は「自分が心地よく生きられる」という判断基準でいろいろ決めていこうと思っています。

それが一番だと思います。

>そのように思えるのも、のっぽ先生のブログや、ここに集うみなさんのコメントやそれぞれのブログのおかげだと思いました。ありがとうございます。

お役に立てて、とても嬉しく思います。
2010/05/23(Sun) 16:51 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
深い気付き
カノンさん

このコメントを読んで、深く考えるところがありました。それで、すぐに返事をしなかったのですが、抗癌剤の投与をはさんで、返事がだいぶ、遅くなってしまいました。すみません。

知識は、「追い込まれた時に、いい判断をするに当たって役に立つのか。」という問題ですが、僕は役に立つと考えています。ただ、追い込まれた時に役に立つものは、表層的な知識ではなくて、深い理解ではないかな、と思います。

癌を指摘される前の、僕の知識は、表層的なものでした。自分が体験する、周りにそれを体験した人がいる、主治医や担当看護師としてみることがあれば、違ったのかも知れませんが、そういったことなく過ごしていた自分に術後の状態を想像することは不可能であったと思います。

前もって、インターネットで調べるという手もあったと思うのですが、当時の精神状態で、それは不可能でした。(大腸ポリポーシス、肺転移を告げられてから、家でどう過ごしたか、殆ど憶えていないです。)

自分がこのことから一臨床医として学ぶことがあるとすれば、「患者さんの気が動転している時は、ある程度、こちらが道筋をつける。」のがより良いだろうということですね。(手術をしてくれた先生は、僕が医者だと知っていたので、選択肢を示して、僕に選ばせてくれたのだと思います。)

一方、ある程度、患者さんが冷静な時は、「選択肢を示して、自分で選んで頂く。」でいいのではないか、と思います。

>人類は生命の危機の恐怖に直面した時、過剰なまでの防御をして、生き延びてきたのだろう、と思います。

そうですね。

カノンさんも御存知のように、私達の祖先は狩猟をして暮らしていました。 肉食の動物に襲われた際、素早く逃げる、もしくは、武器を取って戦うということが出来ない個体は淘汰されました。僕らは、そういった「危機への対応」に優れた個体の子孫です。(自分でも、そういう遺伝子を引き継いでいることを時に感じます。)

しかし、狩猟をしていた頃に必要とされた「危機への対応」をする能力は、たぶん、現在の社会で物事を判断するに当たって、マイナスになることがあるんだと思います。(時として、悪い判断に導いてしまう。)

なかなか、「仕方がなかった」と諦観するところまでは行きませんが、論理的に考えても、また自分に流れる祖先の血のことを思い起こしても、結論は「仕方なかった」ですね。

>お仕事への対処や、今後の方針を拝見して、のっぽ先生は強くなられた、という印象を強く持ちました。

我ながら、そう思います。

今回のコメントは、深い気付きを僕に与えてくれました。本当に有難うございます。
2010/05/24(Mon) 18:40 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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