癌との共存を目指しています。
当ブログとリンクしている、完治を目指して頑張ってみるhttp://ganbattemiru.blog75.fc2.com/blog-entry-149.html#commentを読んで、思うところがあったので、記事にしたい。

僕らの世代(昭和40年代後半生まれ)は、公立の小学校、中学校に通っていたら、「みんな、平等だ。」と教わった。しかし、大人になって、一体、何が平等なんだろう、と思うことが多かった。
一人ひとり違った遺伝子を持って生まれて来ているので、僕らのように30歳代で大腸癌を指摘される人もいれば、100歳近くになっても、検査上、目立った異常がない、という方もいる。
お金持ちのうちに生まれるか、貧乏人のうちに生まれるか、男前に生まれるか、不細工に生まれるか、日本に生まれるか、アフガニスタンに生まれるか、20世紀後半に生まれるか、19世紀後半に生まれるか・・・自分を構成するファクターを挙げて行くと、本当にきりがない。

ふだん目の当たりにする出来事の多くは、自分の力では、どうすることも出来ない事柄で、自分の力で、どうにかなりそうな事柄は、少ないのではないか、と思う。

「見るけど、それにとらわれず。」が今のところ、一番いい対処法なのではないか、と考えている。一朝一夕には、そうなれないが、早くその心境に到達したいな、と思う。

FC2blog テーマ:思いのままに - ジャンル:その他

【2009/06/18 00:31】 | 思ったこと
トラックバック(0) |

こんにちは
オリーブ
人生は偶然と理不尽と不条理との組み合わせのように感じます。

人間はある程度は自分の状況を変えることはできますが、ひびたるものだと思います。

ただ、自分自身の心の持ち方はかなり自分の努力でなんとかなるものだとは思います。
ただ、それにはあくまでも自分から逃げない、内省の力が必要だと思います。

のっぽ187さんの「積極的精神で・・・」というこのブログの題名に惹かれたゆえんはそこにあります。そして、のっぽ187の目指すことが人間として最も重要なことだと思います。

>「見るけど、それにとらわれず。」が今のところ、一番いい対処法なのではないか、と考えている。一朝一夕には、そうなれないが、早くその心境に到達したいな、と思う。

すべてに通じるマルチな対処法だと思います。
私も努力しています。

No title
あんず
世の中は不平等であふれているから、必死で教えないといけないんですよね。

神さまの前では平等だとか。でも神様だって、平等には配分してくれてないよなあと、思うもの。

大学病院で教授を頂点としたヒエラルキーでは、患者は最下層カーストかと思うこともたびたびあり。

変えられるものを変え、変えられないものを受け入れ
のっぽ187
オリーブさん

お久しぶりです。

>人生は偶然と理不尽と不条理との組み合わせのように感じます。

なかなか、そこまで思うことは出来ないのですが、偶然は、僕らが思うよりは多く、理不尽と不条理は、振り返ってみると、結構、多かったですね。

>ただ、自分自身の心の持ち方はかなり自分の努力でなんとかなるものだとは思います。

そうですよね。この部分に働きかけるのが一番効率がいいように思います。(最近は、仕事をする中で効率について考えることが多いです。)

>のっぽ187さんの「積極的精神で・・・」というこのブログの題名に惹かれたゆえんはそこにあります。

有難うございます。

>そして、のっぽ187さんの目指すことが人間として最も重要なことだと思います。

有難うございます。あれこれ考えた結果、そこに行き着きました。

神様の前では平等
のっぽ187
あんずさん

>世の中は不平等であふれているから、必死で教えないといけないんですよね。 神さまの前では平等だとか。

僕が記憶する限りでは、昭和50年代、60年代の公立小学校、公立中学校では、「平等だ」という部分だけが強調されていました。「神様の前では」の部分は抜け落ちていました。

背景をきちんと教えることが必要だったんだと思います。しかし、振り返ってみると、当時の公立小学校や中学校に背景を教える力は無かったですね。

「神様の前では平等で」というのであれば、よく分かります。この齢にして、得心しました。

>でも神様だって、平等には配分してくれてないよなあと、思うもの。

「随分、神様は、いい加減だな。」と、よく思ったものです。

>大学病院で教授を頂点としたヒエラルキーでは、患者は最下層カーストかと思うこともたびたびあり。

大学病院は、僕が知る限りでは、旧日本陸軍に匹敵するような前時代的な組織です。初めは、たまたま僕がそういうところに居合わせているのかな、と思っていたのですが、2chの医者・病院版を見て、どこの大学病院も同じだな、と思いました。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
こんにちは
人生は偶然と理不尽と不条理との組み合わせのように感じます。

人間はある程度は自分の状況を変えることはできますが、ひびたるものだと思います。

ただ、自分自身の心の持ち方はかなり自分の努力でなんとかなるものだとは思います。
ただ、それにはあくまでも自分から逃げない、内省の力が必要だと思います。

のっぽ187さんの「積極的精神で・・・」というこのブログの題名に惹かれたゆえんはそこにあります。そして、のっぽ187の目指すことが人間として最も重要なことだと思います。

>「見るけど、それにとらわれず。」が今のところ、一番いい対処法なのではないか、と考えている。一朝一夕には、そうなれないが、早くその心境に到達したいな、と思う。

すべてに通じるマルチな対処法だと思います。
私も努力しています。
2009/06/18(Thu) 11:58 | URL  | オリーブ #JalddpaA[ 編集]
No title
世の中は不平等であふれているから、必死で教えないといけないんですよね。

神さまの前では平等だとか。でも神様だって、平等には配分してくれてないよなあと、思うもの。

大学病院で教授を頂点としたヒエラルキーでは、患者は最下層カーストかと思うこともたびたびあり。
2009/06/18(Thu) 16:59 | URL  | あんず #-[ 編集]
変えられるものを変え、変えられないものを受け入れ
オリーブさん

お久しぶりです。

>人生は偶然と理不尽と不条理との組み合わせのように感じます。

なかなか、そこまで思うことは出来ないのですが、偶然は、僕らが思うよりは多く、理不尽と不条理は、振り返ってみると、結構、多かったですね。

>ただ、自分自身の心の持ち方はかなり自分の努力でなんとかなるものだとは思います。

そうですよね。この部分に働きかけるのが一番効率がいいように思います。(最近は、仕事をする中で効率について考えることが多いです。)

>のっぽ187さんの「積極的精神で・・・」というこのブログの題名に惹かれたゆえんはそこにあります。

有難うございます。

>そして、のっぽ187さんの目指すことが人間として最も重要なことだと思います。

有難うございます。あれこれ考えた結果、そこに行き着きました。
2009/06/21(Sun) 11:11 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
神様の前では平等
あんずさん

>世の中は不平等であふれているから、必死で教えないといけないんですよね。 神さまの前では平等だとか。

僕が記憶する限りでは、昭和50年代、60年代の公立小学校、公立中学校では、「平等だ」という部分だけが強調されていました。「神様の前では」の部分は抜け落ちていました。

背景をきちんと教えることが必要だったんだと思います。しかし、振り返ってみると、当時の公立小学校や中学校に背景を教える力は無かったですね。

「神様の前では平等で」というのであれば、よく分かります。この齢にして、得心しました。

>でも神様だって、平等には配分してくれてないよなあと、思うもの。

「随分、神様は、いい加減だな。」と、よく思ったものです。

>大学病院で教授を頂点としたヒエラルキーでは、患者は最下層カーストかと思うこともたびたびあり。

大学病院は、僕が知る限りでは、旧日本陸軍に匹敵するような前時代的な組織です。初めは、たまたま僕がそういうところに居合わせているのかな、と思っていたのですが、2chの医者・病院版を見て、どこの大学病院も同じだな、と思いました。
2009/06/21(Sun) 11:30 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック