癌との共存を目指しています。
現在のガン治療の功罪~抗ガン剤治療と免疫治療http://umezawa.blog44.fc2.com/の「神経障害」を読んだ。以下に一部を抜粋する。

>指先のシビレで、
箸を持つこともできない。
ボタンをとめることもできない。
という患者さんも少なからず診てきました。

足の症状では、
足底のシビレや痛みで靴を履いて歩くことができない。
裸足でも歩けない。
熱い砂の上を歩いているように感じる。
剣山の上を歩いているようだ。
などと訴える患者さんもいます。

その辛い症状は多くの場合、
消えることはありません。

標準治療では、
そんな副作用は想定内の当たり前のことであり、
その症状がいくら強く出ても、
それによって、
クスリの量を減らすということも、
ほとんど行なわれないようです。

それを続行する医者は、
「どうせエビデンスどおりに
○○カ月しか生きることができないから・・・」
「亡くなれば消えるから・・・」
と考えているかのように感じます。

僕も抗がん剤治療中は、軽い手足のしびれがあった。時に砂の上を歩いているような感じがしたり、指先に違和感を感じることがあった。僕は、抗がん剤投与中と投与後の2,3日だけしか神経障害の症状は出ず、感覚神経の方の症状だけ出現していた。(箸を持つことが出来ないといった運動神経障害の症状は出なかった。)

いくつか思うところがあるので、列挙したい。

一つは、寿命を取るか、生活の質を取るか、という判断を、赤の他人である医者が決めることは本質的には無理があるということだ。この場合、抗がん剤の量を減らすと、寿命が縮まる(本当は、どうか不明だが、抗がん剤を減らした際のエビデンスはないので、多くの医者は縮まると判断するだろう)が、しびれは少なくなるだろうと、多くの医者は想像するだろう。世の中に流布する考え方は、「手足のしびれは枝葉であり、生きていることが一番大切だ。」と思われるので、「しびれはあるけど、抗がん剤を続けましょう。」ということになろう。

一見、何の無理もない論理であるように見えるが、「わずか数ヶ月の延命のために、そんな辛い思いをしたくない。限られた時間なら、ある程度、心地良く過ごしたい。」という意見と真っ向から対立してしまう。

結局、「期待値数ヶ月の延命のために、辛い思いをする」かどうかの判断は本人にしか出来ないと思う。

あと、「多くの人は、他の人の痛みが分からない。」ということだ。僕が行っている診療も、僕の価値観で、「こうすれば、患者さんや家族にとって一番いいだろう。」と考えて行っている。正直言って、患者さんの立場に100%立っているとは言い難い。腫瘍科の先生方も同様だと思う。「こうすれば、一番いいだろう。」とその先生が考えた治療が、そこでは行われているだろう。

「多くの人は、他の人の痛みが分からない。」だから、「どちらを取るのか、自分で判断する。」という流れになるだろう。もし、積極的精神で生きることが私達にいい結果をもたらしてくれるとすれば、「人は、他の人の痛みを分からない」ものだから、勇気を持って「自分で判断する」というのが、その答えであろう。

最後に「超簡単 お金の運用術」(山崎元著 朝日新書)のあとがきの一部を抜粋したいと思う。

(一)結論が出るものについては勇気を持って優劣を付けて選択し、しかし
(二)努力で改善できないものについてはくよくよとこだわらず、
(三)事前の意思決定としておおむねベストならそれでいいではないか
という本書の基本思想は、お金の運用ばかりでなく、人生全般を快適にするためにも役立つ心の持ち方ではないかと著者は思っています。

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【2009/05/23 06:34】 | 時々読み返す記事
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自分で決断を下す時
ダイスケ
QOLと治療はいつも考えます。

私もその内大きな判断を下す時が来るかもしれません。

辛い選択を選ばないといけない時が来たら自分よりも家族を悲しませそうで怖いですね。

最近、癌なんて簡単に治ってほしいと切に思います。


気の長さ
のっぽ187
ダイスケさん

>QOLと治療はいつも考えます。

この部分は、主治医が考えてくれることはあまりないようなので、僕らで考えざるを得ませんね。

>辛い選択を選ばないといけない時が来たら自分よりも家族を悲しませそうで怖いですね。

患者本人と家族は、微妙に意見が違いますよね。

どうも癌治療は受ける側としては気の長さが要求されるものみたいですね。

No title
あんず
私はタキサン系でシビレが出ました。手は大丈夫だったけど、足の裏がひどくて、「熱い砂の上を歩いてる感じ」はよくわかります。歩けないような痛さではなく、ちりちりと不快なんです。そして感覚がおかしくなり、ころんでねん挫もしました。

主治医に訴えても、わからないんですよね。10が最大の痛みだとしたら、今はどのくらい?って、そんなのわかんないよ~といつも適当に答えてました。今起きてるシビレの辛さと、この痺れがいつかは消えるのかといった不安も大きかったです。(しびれはとても長く後遺症となった)

はじめまして
TT
はじめまして。
先日、下記ブログの先生の講演に行ってきましたが、日本は緩和ケアにおいても世界から後れているようです。

http://blog.livedoor.jp/fumikazutakeda/

除痛薬の使用量が圧倒的に少ないとのことです。
この事実は当然世界中に知られており、そのため、「日本人は人種的に痛みを感じないのではないか」と真顔ではるばる取材に来た記者もいたそうです。
日本では「緩和ケアは終末期にホスピスで」ということになっていますが、こういう考え自体が国際的には異例らしく、欧米では初期から緩和ケアを治療と併用して行った方が、延命率も高いとデータで出ているそうです。
その他、サミット参加国中でがん死亡者が増加しているのは日本だけというデータも紹介されていました。

足の底の違和感
のっぽ187
あんずさん

>手は大丈夫だったけど、足の裏がひどくて、「熱い砂の上を歩いてる感じ」はよくわかります。歩けないような痛さではなく、ちりちりと不快なんです。そして感覚がおかしくなり、ころんでねん挫もしました。

裸足でフローリングの上を歩いていても、「砂の上を歩いている感じ」がしました。僕は、基本的にはスニーカーを履くことが多いので、怪我はしませんでしたが、ヒールの高い靴を履く女性は危ないだろうな、と思います。

主治医は、しびれに関しては、全く分からないようでした。

>今起きてるシビレの辛さと、この痺れがいつかは消えるのかといった不安も大きかったです。(しびれはとても長く後遺症となった)

これ(FOLFOX)を続けると、まずいだろうな、足の裏の違和感は残るだろうな、と何となくですが、当時、思っていました。

初めまして。
のっぽ187
TTさん

初めまして。当ブログへようこそ。

>除痛薬の使用量が圧倒的に少ないとのことです。

僕は1年余り緩和ケアチームの一員として、とある総合病院で勤めていたことがあります。その時、鎮痛薬の使用量が日本は非常に少ないことを知りました。僕が知る限りでも、鎮痛薬の使われ方は少ない、と思います。

>欧米では初期から緩和ケアを治療と併用して行った方が、延命率も高いとデータで出ているそうです。

そもそも「緩和ケア」とは癌治療でのみ行われるものではないと聞いたことがあります。あと、早い時期から緩和ケアをするのは僕も大賛成です。痛みは体力を奪うので、除痛は延命に寄与すると思います。

>その他、サミット参加国中でがん死亡者が増加しているのは日本だけというデータも紹介されていました。

早期発見の問題でしょうか。それとも、生活習慣の変化で癌になる人が増えた、ということでしょうか。癌患者の数の割には、これまで癌について学ぶ機会は僕自身、なかなかありませんでした。癌患者の数に見合った人員配置が、日本でもなされるように、一患者として切に願っています。

欧米との比較
TT
日本だけがん死者が増えている件についてですが、がん検診の普及度のデータも示されていて、日本はお話にならないほど少ないことがわかりました。政府の力の入れ方が違うそうです。
ただ、95年の時点では日本と米国のがん死者動向は似たようなものだったようで、その後、米国が減っていくのに、日本は増えていってしまったとのことですから、検診だけが原因ではなさそうです。

思い付く限り列挙してみました。
のっぽ187
TTさん

日本は、諸外国に比べ、がん検診が十分普及していないのですね。勉強になりました。

検診以外では、食事の西洋化(大腸癌が増えている原因の一つとされている)辺りでしょうか。

あと、他の原因で死なない(いい事なのですが)ことが、癌による死亡率を押し上げているのでしょうか。具体的には、脳血管障害、虚血性心疾患、感染症辺りで早くに亡くなることが少なくなったのでしょうか。

あきらめる医師との関係
TT
よく指摘されていることとしては、日本のがん治療は外科に特化しているという面です。
放射線治療医、化学療法医がさっぱり少ないとのことです。
そのせいなのか、現場では外科手術適応から外れると、「完治しない」とか「生存率が低い」と言って医師があきらめてしまい、患者にもあきらめることをすすめるという事態が横行しているようです。いわゆる「がん難民」問題です。
いったい、どれくらいの医師があきらめるのかは定かではないですが、あきらめたのでは治療成績が上がるはずがないですよね。
また、手術の適応基準も70年代にそれまでの経験に基づいて「再発するから無意味」などと決められたものなのだそうです。
のっぽ187さんも、術前に肝転移がわかっていたら、ひょっとしたら適応から外されていたかも知れません。
この30年間で術後の再発予防法も発展しているわけですから不可解ですね。
その意味で、のっぽ187さんのような立場の人は生き延びて、適応基準の誤りを証明する使命があるのかも知れません。

まずは生き延びることですね。
のっぽ187
TTさん

>放射線治療医、化学療法医がさっぱり少ないとのことです。

放射線科でradiationをしている先生は、外科の先生に比べると明らかに少ないですね。腫瘍内科の先生も少ないです。

>のっぽ187さんも、術前に肝転移がわかっていたら、ひょっとしたら適応から外されていたかも知れません。

手術をしてくれた先生は、積極的に手術をする先生でした。術前から肝転移が分かっていたとすれば、2回に分けて手術が行われていたかも知れませんし、1回の手術で大腸全摘術と肝切除術の両方を行ったかも知れません。

>その意味で、のっぽ187さんのような立場の人は生き延びて、適応基準の誤りを証明する使命があるのかも知れません。

まずは生き延びることですね。生き延びたら、他の患者さんに利益になるようなことが出来ればいいな、と思っています。

くよくよとこだわらない
カノン
中身がギュッと詰まっていて、何度も読み返しました。
読者カードがなかなか書けなかったのは、労働時間のせいです(笑)。3月決算法人の申告書の提出期限が、今年は本日までで、ようやく間に合ったあ・・という感じでした。

ご紹介いただいた山崎元先生の言葉は、心にズシンと響きました。お子さんの障害を受け入れるまでのステップを、きちんと踏んだ方の言葉には、重みがありますね。

ただ、くよくよしないというのは、本当に難しいです。うつ病の患者さんが、こんな風に話されるのを、
のっぽ先生もお聞きになったかもしれません。
「先生、自分でもくよくよしないほうがいいということは、よくわかってるんです。でも、そうできれば、最初からこの病気になっていないと思うんです」
そうなんだよねえ、と深く頷きたくなります。

私自身、くよくよに捕われている時というのは、将来を悲観している場合や、他人の評価を気にし過ぎている時のような気がします。

自分で精一杯の努力をしたら、あとは捕われないという訓練を続けて、ささやかでも成功体験を積み重ねるていくことが大事かなあ、と思っています。

ご苦労様でした。
のっぽ187
カノンさん

>中身がギュッと詰まっていて、何度も読み返しました。

有難うございます。もう少し練れた文章が書けるようになりたいな、と思うのですが、書きたいことを全部書こうとすると、僕の文章は、くどくなる傾向があります。

>3月決算法人の申告書の提出期限が、今年は本日までで、ようやく間に合ったあ・・という感じでした。

ご苦労様でした。

>ご紹介いただいた山崎元先生の言葉は、心にズシンと響きました。お子さんの障害を受け入れるまでのステップを、きちんと踏んだ方の言葉には、重みがありますね。

僕が、山崎先生の著書が好きなのは、多分、こういった割り切りが大切であるということを、山崎先生は心の底から理解されているからでしょう。

うつ病の治療は、休養を摂ることと、うつの薬を飲むこと(薬物療法を行うこと)の2つが重要です。あと、軽症のうつ病の方には、認知療法が有効とされています。(僕は、時間が取れないので、上の2つを主体に治療しています。)しかし、僕のトレーニングが不足しているからだと思うのですが、認知療法のみでのアプローチは難しいです。

>「先生、自分でもくよくよしないほうがいいということは、よくわかってるんです。でも、そうできれば、最初からこの病気になっていないと思うんです」

同じようなことを何度か言われたことがあります。

>私自身、くよくよに捕われている時というのは、将来を悲観している場合や、他人の評価を気にし過ぎている時のような気がします。

僕個人の経験では、休養するのが、お勧めですね。(一精神科医としての経験ではなく、一労働者としての経験です。)

>自分で精一杯の努力をしたら、あとは捕われないという訓練を続けて、ささやかでも成功体験を積み重ねるていくことが大事かなあ、と思っています。

そうですね。
きっと、程良い、いい加減さ(「まあ、いいわ。」と思い、次の仕事に移る、とか。)があれば、囚われることは少なくなるかな、と思うのですが、この点は、僕も苦手としていることなので、少しでもいいから、上手に出来るようになりたいな、と思います。

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この記事へのコメント
自分で決断を下す時
QOLと治療はいつも考えます。

私もその内大きな判断を下す時が来るかもしれません。

辛い選択を選ばないといけない時が来たら自分よりも家族を悲しませそうで怖いですね。

最近、癌なんて簡単に治ってほしいと切に思います。
2009/05/25(Mon) 22:45 | URL  | ダイスケ #-[ 編集]
気の長さ
ダイスケさん

>QOLと治療はいつも考えます。

この部分は、主治医が考えてくれることはあまりないようなので、僕らで考えざるを得ませんね。

>辛い選択を選ばないといけない時が来たら自分よりも家族を悲しませそうで怖いですね。

患者本人と家族は、微妙に意見が違いますよね。

どうも癌治療は受ける側としては気の長さが要求されるものみたいですね。
2009/05/26(Tue) 06:24 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
No title
私はタキサン系でシビレが出ました。手は大丈夫だったけど、足の裏がひどくて、「熱い砂の上を歩いてる感じ」はよくわかります。歩けないような痛さではなく、ちりちりと不快なんです。そして感覚がおかしくなり、ころんでねん挫もしました。

主治医に訴えても、わからないんですよね。10が最大の痛みだとしたら、今はどのくらい?って、そんなのわかんないよ~といつも適当に答えてました。今起きてるシビレの辛さと、この痺れがいつかは消えるのかといった不安も大きかったです。(しびれはとても長く後遺症となった)
2009/05/26(Tue) 11:28 | URL  | あんず #-[ 編集]
はじめまして
はじめまして。
先日、下記ブログの先生の講演に行ってきましたが、日本は緩和ケアにおいても世界から後れているようです。

http://blog.livedoor.jp/fumikazutakeda/

除痛薬の使用量が圧倒的に少ないとのことです。
この事実は当然世界中に知られており、そのため、「日本人は人種的に痛みを感じないのではないか」と真顔ではるばる取材に来た記者もいたそうです。
日本では「緩和ケアは終末期にホスピスで」ということになっていますが、こういう考え自体が国際的には異例らしく、欧米では初期から緩和ケアを治療と併用して行った方が、延命率も高いとデータで出ているそうです。
その他、サミット参加国中でがん死亡者が増加しているのは日本だけというデータも紹介されていました。
2009/05/26(Tue) 19:50 | URL  | TT #3fayZaE6[ 編集]
足の底の違和感
あんずさん

>手は大丈夫だったけど、足の裏がひどくて、「熱い砂の上を歩いてる感じ」はよくわかります。歩けないような痛さではなく、ちりちりと不快なんです。そして感覚がおかしくなり、ころんでねん挫もしました。

裸足でフローリングの上を歩いていても、「砂の上を歩いている感じ」がしました。僕は、基本的にはスニーカーを履くことが多いので、怪我はしませんでしたが、ヒールの高い靴を履く女性は危ないだろうな、と思います。

主治医は、しびれに関しては、全く分からないようでした。

>今起きてるシビレの辛さと、この痺れがいつかは消えるのかといった不安も大きかったです。(しびれはとても長く後遺症となった)

これ(FOLFOX)を続けると、まずいだろうな、足の裏の違和感は残るだろうな、と何となくですが、当時、思っていました。
2009/05/28(Thu) 14:04 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
初めまして。
TTさん

初めまして。当ブログへようこそ。

>除痛薬の使用量が圧倒的に少ないとのことです。

僕は1年余り緩和ケアチームの一員として、とある総合病院で勤めていたことがあります。その時、鎮痛薬の使用量が日本は非常に少ないことを知りました。僕が知る限りでも、鎮痛薬の使われ方は少ない、と思います。

>欧米では初期から緩和ケアを治療と併用して行った方が、延命率も高いとデータで出ているそうです。

そもそも「緩和ケア」とは癌治療でのみ行われるものではないと聞いたことがあります。あと、早い時期から緩和ケアをするのは僕も大賛成です。痛みは体力を奪うので、除痛は延命に寄与すると思います。

>その他、サミット参加国中でがん死亡者が増加しているのは日本だけというデータも紹介されていました。

早期発見の問題でしょうか。それとも、生活習慣の変化で癌になる人が増えた、ということでしょうか。癌患者の数の割には、これまで癌について学ぶ機会は僕自身、なかなかありませんでした。癌患者の数に見合った人員配置が、日本でもなされるように、一患者として切に願っています。
2009/05/28(Thu) 14:22 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
欧米との比較
日本だけがん死者が増えている件についてですが、がん検診の普及度のデータも示されていて、日本はお話にならないほど少ないことがわかりました。政府の力の入れ方が違うそうです。
ただ、95年の時点では日本と米国のがん死者動向は似たようなものだったようで、その後、米国が減っていくのに、日本は増えていってしまったとのことですから、検診だけが原因ではなさそうです。
2009/05/29(Fri) 00:13 | URL  | TT #3fayZaE6[ 編集]
思い付く限り列挙してみました。
TTさん

日本は、諸外国に比べ、がん検診が十分普及していないのですね。勉強になりました。

検診以外では、食事の西洋化(大腸癌が増えている原因の一つとされている)辺りでしょうか。

あと、他の原因で死なない(いい事なのですが)ことが、癌による死亡率を押し上げているのでしょうか。具体的には、脳血管障害、虚血性心疾患、感染症辺りで早くに亡くなることが少なくなったのでしょうか。
2009/05/31(Sun) 10:24 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
あきらめる医師との関係
よく指摘されていることとしては、日本のがん治療は外科に特化しているという面です。
放射線治療医、化学療法医がさっぱり少ないとのことです。
そのせいなのか、現場では外科手術適応から外れると、「完治しない」とか「生存率が低い」と言って医師があきらめてしまい、患者にもあきらめることをすすめるという事態が横行しているようです。いわゆる「がん難民」問題です。
いったい、どれくらいの医師があきらめるのかは定かではないですが、あきらめたのでは治療成績が上がるはずがないですよね。
また、手術の適応基準も70年代にそれまでの経験に基づいて「再発するから無意味」などと決められたものなのだそうです。
のっぽ187さんも、術前に肝転移がわかっていたら、ひょっとしたら適応から外されていたかも知れません。
この30年間で術後の再発予防法も発展しているわけですから不可解ですね。
その意味で、のっぽ187さんのような立場の人は生き延びて、適応基準の誤りを証明する使命があるのかも知れません。
2009/05/31(Sun) 14:17 | URL  | TT #3fayZaE6[ 編集]
まずは生き延びることですね。
TTさん

>放射線治療医、化学療法医がさっぱり少ないとのことです。

放射線科でradiationをしている先生は、外科の先生に比べると明らかに少ないですね。腫瘍内科の先生も少ないです。

>のっぽ187さんも、術前に肝転移がわかっていたら、ひょっとしたら適応から外されていたかも知れません。

手術をしてくれた先生は、積極的に手術をする先生でした。術前から肝転移が分かっていたとすれば、2回に分けて手術が行われていたかも知れませんし、1回の手術で大腸全摘術と肝切除術の両方を行ったかも知れません。

>その意味で、のっぽ187さんのような立場の人は生き延びて、適応基準の誤りを証明する使命があるのかも知れません。

まずは生き延びることですね。生き延びたら、他の患者さんに利益になるようなことが出来ればいいな、と思っています。
2009/05/31(Sun) 21:25 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
くよくよとこだわらない
中身がギュッと詰まっていて、何度も読み返しました。
読者カードがなかなか書けなかったのは、労働時間のせいです(笑)。3月決算法人の申告書の提出期限が、今年は本日までで、ようやく間に合ったあ・・という感じでした。

ご紹介いただいた山崎元先生の言葉は、心にズシンと響きました。お子さんの障害を受け入れるまでのステップを、きちんと踏んだ方の言葉には、重みがありますね。

ただ、くよくよしないというのは、本当に難しいです。うつ病の患者さんが、こんな風に話されるのを、
のっぽ先生もお聞きになったかもしれません。
「先生、自分でもくよくよしないほうがいいということは、よくわかってるんです。でも、そうできれば、最初からこの病気になっていないと思うんです」
そうなんだよねえ、と深く頷きたくなります。

私自身、くよくよに捕われている時というのは、将来を悲観している場合や、他人の評価を気にし過ぎている時のような気がします。

自分で精一杯の努力をしたら、あとは捕われないという訓練を続けて、ささやかでも成功体験を積み重ねるていくことが大事かなあ、と思っています。
2009/06/01(Mon) 22:35 | URL  | カノン #-[ 編集]
ご苦労様でした。
カノンさん

>中身がギュッと詰まっていて、何度も読み返しました。

有難うございます。もう少し練れた文章が書けるようになりたいな、と思うのですが、書きたいことを全部書こうとすると、僕の文章は、くどくなる傾向があります。

>3月決算法人の申告書の提出期限が、今年は本日までで、ようやく間に合ったあ・・という感じでした。

ご苦労様でした。

>ご紹介いただいた山崎元先生の言葉は、心にズシンと響きました。お子さんの障害を受け入れるまでのステップを、きちんと踏んだ方の言葉には、重みがありますね。

僕が、山崎先生の著書が好きなのは、多分、こういった割り切りが大切であるということを、山崎先生は心の底から理解されているからでしょう。

うつ病の治療は、休養を摂ることと、うつの薬を飲むこと(薬物療法を行うこと)の2つが重要です。あと、軽症のうつ病の方には、認知療法が有効とされています。(僕は、時間が取れないので、上の2つを主体に治療しています。)しかし、僕のトレーニングが不足しているからだと思うのですが、認知療法のみでのアプローチは難しいです。

>「先生、自分でもくよくよしないほうがいいということは、よくわかってるんです。でも、そうできれば、最初からこの病気になっていないと思うんです」

同じようなことを何度か言われたことがあります。

>私自身、くよくよに捕われている時というのは、将来を悲観している場合や、他人の評価を気にし過ぎている時のような気がします。

僕個人の経験では、休養するのが、お勧めですね。(一精神科医としての経験ではなく、一労働者としての経験です。)

>自分で精一杯の努力をしたら、あとは捕われないという訓練を続けて、ささやかでも成功体験を積み重ねるていくことが大事かなあ、と思っています。

そうですね。
きっと、程良い、いい加減さ(「まあ、いいわ。」と思い、次の仕事に移る、とか。)があれば、囚われることは少なくなるかな、と思うのですが、この点は、僕も苦手としていることなので、少しでもいいから、上手に出来るようになりたいな、と思います。
2009/06/03(Wed) 10:52 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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