癌との共存を目指しています。
今日は、地元(実家のある市町村)の図書館に行ってきた。ほぼ10年ぶりである。
医学部を卒業したが、国家試験にすべってしまい、1年間、実家に戻っていた。ずっと実家にいても、気が滅入るばかりだったので、図書館に行って、本を読んだり、勉強をしたりしていた。なお、当時、お気に入りの作家は、今は亡き中島らも氏で、同氏が書いた本で当時、刊行されていた分は、この1年間で殆ど読んだのではないかと思う。中島らも氏は、アルコール依存症と双極性障害(躁うつ病)であったのだが、僕が医者になり2年間の研修を受けた後、内科から精神科に科を変えたのは、氏の影響が多分にある。

そう、この本を読んで、僕は「こんなところで勤めたいなあ。こんな患者さん達を相手にして、日々を過ごせたらいいな。」などと思っていたのである。

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10年ぶりに行った図書館は、あまり変わっていなかった。司書さんは全員変わっていたが、中の雰囲気、来ている人達の層は全然、変わっていなかった。もちろん、置いてある本は新しくなっていたのだが、何か、「ここだけは10年前とあまり変わっていないな。」という印象を受けた。

10冊も本を借りて来たのだが、その感想については、またエントリーを改めて書きたいと思う。


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【2008/07/15 17:30】 | 読書
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No title
うさみみ
10年前って随分前のようにも思うし、そんなに前でも無いとも思えたり。
10年前からしばらくは、うさみみ家は地獄のような日々を過ごしていました。
心の病気になってもおかしくないと思っていましたし、妻も同じだったと思います。

そういう経験があって今がある。。人生そんなものかもしれませんね(^^♪
 

はじめまして
カノン
のっぽ187さん、はじめまして。

震える手で牛乳を飲むらもさんの姿を思い出しました。

のっぽ187さんが、日々を丁寧に過ごしておられるご様子を
読ませていただきました。
精神科医でいらっしゃいますとのこと。
激務をこなしていらしたころ、がんの告知を受けて、
不安や恐怖から抑うつ状態になった患者さんも診ていらっしゃた
のではないかと思います。
精神腫瘍医の育成も大事な課題ですね。

ぶしつけな質問でしたら、どうぞお許しください。
告知を受けられたとき、精神科医としてそれまで培ってこられた
知識や経験は、どのような形で、ご自分の心を支えることになった
のでしょうか。
すみません。気が向かれたときに書いていただければと思います。

暑さが身体に堪える季節になりました。
どうぞ、ご自愛ください。

昔を懐かしむ。
のっぽ187
うさみみさん

大阪の実家に戻った時には、「あっ、こんなところにもマンション、ここにもマンションが建っている。」などと思い、だいぶ、時間は経ったのだなと思いました。
でも、今日、行った図書館の館内は静かで、10年前と殆ど変わりないように感じられました。

昔を懐かしむ、などということは、今まで殆どなかったのですが、今日は10年前の浪人時代を思い出していました。

僕を支えているもの
のっぽ187
カノンさん

こちらこそ。初めまして。

癌の告知を受けて、うつ状態になっていた方は結構、居たと思います。ただ、僕が勤めていた総合病院は仕事量の割りに精神科医の数が少なく(殆どの総合病院は、そうではないかと思うのですが)、癌の末期でうつ病エピソードの診断基準を満たしている(例えば、うつ状態が2週間以上、続いている)ような患者さんを診ることが多かったですね。告知のショックで数日、うつ状態になっている、という患者さんは、臨床心理士の方にお願いしていました。というのは、そこまで手が回らなかったからです。
精神腫瘍医の育成は大事な課題ですね。ただ、四国は全く精神科医が足りていませんでした。

直腸癌の告知を受けた時は、応えたし、うろたえましたね。精神科医としての知識や経験は、このショックを和らげるのに全く役に立ちませんでした。
大腸ファイバーを受け、大腸ポリポーシスであることを告げられた時やリンパ節転移があることを告げられた時は、放心状態になりました。この時も、残念ながら精神科医としての知識や経験は全く無力でした。
敢えて言えば、自分が9年間、一人前の臨床医になろうと思い一生懸命努力して来たこと、その結果として一通りきちんと診療が出来るようになり何人かの患者さんからは感謝してもらえたり信頼してもらえたりしたことが自分を支えていたと思います。

ありがとうございます
カノン
貴重なお話をどうもありがとうございます。
前回は、ブログのコメント欄に、生まれて初めて書き込みましたので、
ご返信いただけて感激しました!

また、つらい場面を思い起こさせてしまいまして、本当に申し訳あり
ませんでした。

柳沢和子さんの著書は、「百万回の永訣」を読みました。
テレビの特集で拝見した柳沢さんはとても魅力的な方でしたが、
ご著書は、私にとって少し読みづらい文体でした。

私は岸本葉子さんの体験記が素敵だと思っています。
岸本さんは元気にご活躍中ですが、40歳で虫垂がんになりました。
手術から5年経過するまで、3冊の体験記を上梓しています。

その中で、「あらかじめ固めておいて、完全といえる体制などない。
人生が提示する問いに、そのつど全存在をかけて答えていかねば
ならないのだ」という主旨のことを書いています。

回答してくださいましたことと、共通しているなあと思いました。

のっぽ187さんに感謝している多くの患者さんたちとともに、私も応援しています。
また、寄らせていただきます。

BGMにパッヘルベルのカノンが流れていたので、安易につけた名前ですが、
「くいだおれ花子」にすればよかったかなあ、と反省している今日この頃です(笑)。



応援、有難うございます。
のっぽ187
カノンさん

僕もこのブログを書き始めるまでは、他の方のブログのコメント欄に数回、書き込んだことがあるだけでした。

岸本葉子さんの体験記、また読んでみたいと思います。ただ、読もうと思っている本、薦められた本がたくさんあるので、読むのは、その間か後になりそうです。

応援、有難うございます。自分が診ていた患者さんの殆どとは、連絡が途絶えてしまっているので、応援してくれる人がいるのは、この上なく嬉しいです。

カノンでは性別が分からなかったのですが、「くいだおれ花子」ということは女性の方なのですね。もろに男性、というようなエントリーばかりなのですが、またいらして下さいね。

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コメント
この記事へのコメント
No title
10年前って随分前のようにも思うし、そんなに前でも無いとも思えたり。
10年前からしばらくは、うさみみ家は地獄のような日々を過ごしていました。
心の病気になってもおかしくないと思っていましたし、妻も同じだったと思います。

そういう経験があって今がある。。人生そんなものかもしれませんね(^^♪
 
2008/07/15(Tue) 21:41 | URL  | うさみみ #-[ 編集]
はじめまして
のっぽ187さん、はじめまして。

震える手で牛乳を飲むらもさんの姿を思い出しました。

のっぽ187さんが、日々を丁寧に過ごしておられるご様子を
読ませていただきました。
精神科医でいらっしゃいますとのこと。
激務をこなしていらしたころ、がんの告知を受けて、
不安や恐怖から抑うつ状態になった患者さんも診ていらっしゃた
のではないかと思います。
精神腫瘍医の育成も大事な課題ですね。

ぶしつけな質問でしたら、どうぞお許しください。
告知を受けられたとき、精神科医としてそれまで培ってこられた
知識や経験は、どのような形で、ご自分の心を支えることになった
のでしょうか。
すみません。気が向かれたときに書いていただければと思います。

暑さが身体に堪える季節になりました。
どうぞ、ご自愛ください。
2008/07/15(Tue) 23:39 | URL  | カノン #-[ 編集]
昔を懐かしむ。
うさみみさん

大阪の実家に戻った時には、「あっ、こんなところにもマンション、ここにもマンションが建っている。」などと思い、だいぶ、時間は経ったのだなと思いました。
でも、今日、行った図書館の館内は静かで、10年前と殆ど変わりないように感じられました。

昔を懐かしむ、などということは、今まで殆どなかったのですが、今日は10年前の浪人時代を思い出していました。
2008/07/16(Wed) 00:23 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
僕を支えているもの
カノンさん

こちらこそ。初めまして。

癌の告知を受けて、うつ状態になっていた方は結構、居たと思います。ただ、僕が勤めていた総合病院は仕事量の割りに精神科医の数が少なく(殆どの総合病院は、そうではないかと思うのですが)、癌の末期でうつ病エピソードの診断基準を満たしている(例えば、うつ状態が2週間以上、続いている)ような患者さんを診ることが多かったですね。告知のショックで数日、うつ状態になっている、という患者さんは、臨床心理士の方にお願いしていました。というのは、そこまで手が回らなかったからです。
精神腫瘍医の育成は大事な課題ですね。ただ、四国は全く精神科医が足りていませんでした。

直腸癌の告知を受けた時は、応えたし、うろたえましたね。精神科医としての知識や経験は、このショックを和らげるのに全く役に立ちませんでした。
大腸ファイバーを受け、大腸ポリポーシスであることを告げられた時やリンパ節転移があることを告げられた時は、放心状態になりました。この時も、残念ながら精神科医としての知識や経験は全く無力でした。
敢えて言えば、自分が9年間、一人前の臨床医になろうと思い一生懸命努力して来たこと、その結果として一通りきちんと診療が出来るようになり何人かの患者さんからは感謝してもらえたり信頼してもらえたりしたことが自分を支えていたと思います。
2008/07/16(Wed) 00:51 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
ありがとうございます
貴重なお話をどうもありがとうございます。
前回は、ブログのコメント欄に、生まれて初めて書き込みましたので、
ご返信いただけて感激しました!

また、つらい場面を思い起こさせてしまいまして、本当に申し訳あり
ませんでした。

柳沢和子さんの著書は、「百万回の永訣」を読みました。
テレビの特集で拝見した柳沢さんはとても魅力的な方でしたが、
ご著書は、私にとって少し読みづらい文体でした。

私は岸本葉子さんの体験記が素敵だと思っています。
岸本さんは元気にご活躍中ですが、40歳で虫垂がんになりました。
手術から5年経過するまで、3冊の体験記を上梓しています。

その中で、「あらかじめ固めておいて、完全といえる体制などない。
人生が提示する問いに、そのつど全存在をかけて答えていかねば
ならないのだ」という主旨のことを書いています。

回答してくださいましたことと、共通しているなあと思いました。

のっぽ187さんに感謝している多くの患者さんたちとともに、私も応援しています。
また、寄らせていただきます。

BGMにパッヘルベルのカノンが流れていたので、安易につけた名前ですが、
「くいだおれ花子」にすればよかったかなあ、と反省している今日この頃です(笑)。

2008/07/16(Wed) 22:13 | URL  | カノン #-[ 編集]
応援、有難うございます。
カノンさん

僕もこのブログを書き始めるまでは、他の方のブログのコメント欄に数回、書き込んだことがあるだけでした。

岸本葉子さんの体験記、また読んでみたいと思います。ただ、読もうと思っている本、薦められた本がたくさんあるので、読むのは、その間か後になりそうです。

応援、有難うございます。自分が診ていた患者さんの殆どとは、連絡が途絶えてしまっているので、応援してくれる人がいるのは、この上なく嬉しいです。

カノンでは性別が分からなかったのですが、「くいだおれ花子」ということは女性の方なのですね。もろに男性、というようなエントリーばかりなのですが、またいらして下さいね。
2008/07/17(Thu) 00:58 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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