癌との共存を目指しています。
エビデンス精神医療―EBPの基礎から臨床までエビデンス精神医療―EBPの基礎から臨床まで
古川 壽亮

医学書院 2000-10
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前の記事で、まゆみさんから、素晴らしいご意見、ご指摘を頂いた。コメントの一部を以下に載せる。

>医療でも同じことが言えると思います。扱うものが、命なのですし、何かが起こると医師の責任を問われてしまう世の中では、医師だって自らの落ち度ではないことを示す拠りどころが欲しいはずです。それが、エビデンスなのだと感じました。
全く反論の余地はない。本当に、その通りだと思う。

もともと、エビデンスとは、いい医療を行うために出て来たものだと思う。上の「エビデンス精神医療」は、僕が精神科の診療をする上で、よく参考にしている本である。はじめに、と書いてあるp6から一部を抜粋する。

EBP(Evidence-Based Psychiatry エビデンス精神医療、著者が造った言葉と思われる)とは何かを一言で表現しようとするならば、「一人ひとりの患者さんの治療過程において、現在入手可能な最強のエビデンスを良心的に、明示的に、かつ賢明に応用することである」といえる。
EBPは「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオンのみでは臨床判断の十分な基盤とならない、臨床判断は適切に施行された臨床研究によるエビデンスに基づかなくてはならない」と主張する。しかし、ここで、明示しておかねばならないことは、エビデンスのみで治療方針を決定することはできない、という点である。EBPの、ある意味での皮肉な結論の一つは、エビデンスだけでは臨床実践には不十分であるということであった。エビデンスと価値観とが治療方針を決定する。EBPを実践するということは、あなたの豊富な臨床経験と、系統的研究に基づいた最強のエビデンスとを統合することにより、一人ひとりの患者さんの価値観を最大限に尊重することを意味するのである。

初めてこの文章を読んだ時、印象的だったのが、第2段落の後半に書いてある「エビデンスと価値観とが治療方針を決定する。」という一文であった。エビデンスだけでは、治療方針を決められない、エビデンスと患者さんの価値観を合わせて、治療方針を決めて行かないといけないのだな、とその時、僕は学んだ。

第2段落の始めの一文が少し分かりにくいかも知れない。

EBPは「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオンのみでは臨床判断の十分な基盤とならない、臨床判断は適切に施行された臨床研究によるエビデンスに基づかなくてはならない」と主張する。

「直感だけで治療をするなよ。」と書いてある。その通りだと思う。
非系統的観察とは、例えば「ある大腸癌の患者さんに○○という抗癌剤を標準的に投与されている量の1/4の量で投与したところ、癌が小さくなった。」というケースを経験したとする。こういった経験を非系統的観察という。要するに、自分がこういう経験をしたから、というだけでは、判断の根拠としては十分ではない、と上の文章は言っている。
病態生理学的機序については、アバスチンを例に挙げて考えたいと思う。アバスチンは血管新生を抑える薬である。がん細胞は増殖する時、増殖しやすいように新しい血管を自分でどんどん作っていく。これを血管新生というが、この血管新生を抑えると、がん細胞の増殖は抑えられるだろう。こう考えると、「アバスチンは夢の薬だ。」なんて思ってしまうのだが(存在を初めて知った時には、僕も、それなりに期待した)、効果の程は、比較試験が示す通りである。いろいろなデータがあるようだが、僕の主治医曰く、2,3ヶ月の生存期間の延長が見込めるという結果だ、とのことである。
エキスパートのオピニオンとは、平たく言うと、偉い先生の意見である。偉い先生が「大腸癌には○○療法が第一選択である。」と言っているとする。それだけを根拠に、「大腸癌には○○療法が一番いい治療法だ。」というのは良くない、ということである。

なにぶん、専門外なので、説明が上手でないと思うが、お許し頂きたい。

要は、きちんとした比較試験があれば、それを踏まえた上で意思決定を行うように、ということである。少なくとも、僕はそう理解している。

以上から分かるように、もともとエビデンスは、医者が自分の身を守るために存在するのではなく、良い医療を行うために存在するツール(道具)なのである。

まゆみさんからのコメントは、本当にその通りなのだが、「確か、もともとは、そうではなかったはず。」と思い、もう一度、本を読み直し、今回の記事とした。

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【2009/03/13 23:59】 | 医療全般
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理想の医療に近づくために
カノン
のっぽ先生の最近の文章は、いつもながらの明晰さに加えて、居るべき場所にいらっしゃることからもたらされる、心地良い自信が感じられます。
復職が、良い方向に展開して、本当によかったですね。

EBMについて、何の知識もない私が、何か書き込むのも、おこがましいのですが、不思議に思っていることがあります。
新薬を使った治療を実施する群と、そうでない群に、50人ずつ分けるとします。20代から80代までの男女の患者さんを、無作為に抽出したのでは、あまりにバラバラになってしまうので、ごちゃごちゃした条件は排除して、なるべく同じ条件の人を対象にするのではないか、と思います。

そうした場合でも、同じ条件の臨床試験の被験者を、100人集めることは不可能です。厳密に言えば、一卵性双生児でなければ、ほぼ同じ遺伝子を持っている人は、存在しないことになりますので。
前提条件からして、エビデンスは絶対的なものではないのに、それでもエビデンス神話が生まれるのは、それまでの「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオン」の弊害が、あまりに大きかったので、その反動で、振り子が一気に反対に振り切れてしまったのかもしれません。

EBMが浸透したのは、90年代に入ってからだそうなので、ちょうど、のっぽ先生が医学生でいらした頃かと思います。
教育を受けていらした頃、エビデンスに基づく医療が、医学界を席捲していく感じはありましたか。

「エビデンスと価値観とが治療方針を決める」というのは、とってもすごいことですね。
今の、のっぽ先生は、実感としておわかりになるだろうなあ、と思います。ただ、皆がその理想の位置にたどり着くのは、難しいことです。今のままでは、疲労困憊のお医者さんの判断と、不安に苛まれる患者さんの価値観の組み合わせが、増えるばかりかと思います。

今年の確定申告もようやく終わり、多くの納税者に、多額の納税をしていただくことになります。
間違っている税金の配分を、どうにか是正してほしいと、今、切実に思っています。


お返事その1
のっぽ187
カノンさん

>のっぽ先生の最近の文章は、いつもながらの明晰さに加えて、居るべき場所にいらっしゃることからもたらされる、心地良い自信が感じられます。

有難うございます。この一ヶ月間は、非常にいい精神状態にありました。また、それなりに自分が今、勤めている病院で役に立てているということを実感でき、非常に幸せな日々を送っています。

カノンさんへのお返事ということもあり、精神科での例を取り上げたいと思います。(その方が、僕は説明がしやすいです。)

初めて幻覚妄想状態となり、統合失調症と診断され、入院し、薬物療法で、幻覚妄想が取れ、退院された患者さんを対象とします。

100人の患者さんのうち、50人には、新薬を処方します。残りの50人には、新薬と同じ形をしたプラセボ(偽薬、外見上、実薬と区別がつかない)をお渡しします。
患者さんは、自分が実薬を飲んでいるのか、偽薬を飲んでいるのかが分からないです。医者も、今、自分が診察し、薬を処方した患者さんが実薬を飲んでいるのか、偽薬を飲んでいるのかが分からないです。患者にとっても、医者にとっても、ブラインドである、この方法を「二重盲検(double blind test)」と言います。

あと、100人の患者さんをどうやって、実薬群とプラセボ(偽薬)群に割り付けるか、という問題が出て来ます。この割り付けに際しては、無作為であることがベストです。
昔は、カルテの下一桁が奇数番号の人は実薬、偶数番号の人は偽薬としていたようなのですが、これだと医者がブラインドを見破ってしまうので、現在はもっと手の込んだ方法がなされているようです。例えば、1から101までのくじを用意します。退院時に患者さんが、そのくじを引きます。なお、くじの結果は、患者さんは見ることはできません。見ることができるのは、係りの人だけです。100人がくじを引いて、31番が残ったとします。32番から81番を実薬群、82番から101番と1番から30番を偽薬群とするといった具合です。

上記のように、二重盲検で無作為割り付けで行えば、きちんとした比較試験として見なされます。なお、エビデンスについて勉強していると、RCTという言葉がよく出て来るのですが、これはrandamized controlled trail(無作為割り付け比較試験)と言って、患者さんを実薬群と偽薬群の2群に無作為に割り付ける比較試験のことです。1から101までのくじのところの説明が無作為割り付け比較試験の説明です。(続く)

お返事その2
のっぽ187
カノンさん

精神科では、年齢の設定は事前になされないことが多く、例えば100人患者さんを集めて比較試験を行ってから、論文に「本試験の対象者は、15歳から59歳までであった。」と書くというのが多いです。
以上から、お分かりだと思いますが、「15歳の患者さんをプラセボ(偽薬)群に入れてしまったから、同じ年位の患者さんを実薬群に入れよう。」といったことはしないです。

>それでもエビデンス神話が生まれるのは、それまでの「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオン」の弊害が、あまりに大きかったので、その反動で、振り子が一気に反対に振り切れてしまったのかもしれません。

そうだと、僕も思います。エビデンスが出て来るまでは、ちゃんとした医療を実践する医者とそうでない医者の間には、かなりの隔たりがあったと思います。

あと、カノンさんのご指摘は大変、素晴らしく、「その通りだな。」と改めて思ったのですが、エビデンスは絶対的なものではないので、それにこだわり過ぎるというのは、僕も誤りだと思います。

>EBMが浸透したのは、90年代に入ってからだそうなので、ちょうど、のっぽ先生が医学生でいらした頃かと思います。 教育を受けていらした頃、エビデンスに基づく医療が、医学界を席捲していく感じはありましたか。

僕が医学生をしていた頃、エビデンスという言葉は一度も聞いたことはないです。精神科を始めて2年目の2002年に「エビデンス精神医療」を読んで感銘を受け、それからエビデンスを意識するようになりました。僕が医者になったのが1999年ですので、1990年代のことは、よく分からないのですが、エビデンスが我々医者の間に浸透したのは、2000年代のことだと思います。

お返事その3
のっぽ187
カノンさん

>今の、のっぽ先生は、実感としておわかりになるだろうなあ、と思います。ただ、皆がその理想の位置にたどり着くのは、難しいことです。今のままでは、疲労困憊のお医者さんの判断と、不安に苛まれる患者さんの価値観の組み合わせが、増えるばかりかと思います。

そうですね。僕は、今回、直腸癌になり、「エビデンスと価値観とが治療方針を決める」ことを実感して分かったつもりです。しかし、皆がそう思えるか、と言えば疑問ですね。

>間違っている税金の配分を、どうにか是正してほしいと、今、切実に思っています。

はっきり言って、僕も税金の配分は間違っていると思います。自民党は論外ですが、民主党もあまり期待できないですね。公約を読んでから判断しようと思っているのですが、現時点では共産党を支持したいと思います。

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理想の医療に近づくために
のっぽ先生の最近の文章は、いつもながらの明晰さに加えて、居るべき場所にいらっしゃることからもたらされる、心地良い自信が感じられます。
復職が、良い方向に展開して、本当によかったですね。

EBMについて、何の知識もない私が、何か書き込むのも、おこがましいのですが、不思議に思っていることがあります。
新薬を使った治療を実施する群と、そうでない群に、50人ずつ分けるとします。20代から80代までの男女の患者さんを、無作為に抽出したのでは、あまりにバラバラになってしまうので、ごちゃごちゃした条件は排除して、なるべく同じ条件の人を対象にするのではないか、と思います。

そうした場合でも、同じ条件の臨床試験の被験者を、100人集めることは不可能です。厳密に言えば、一卵性双生児でなければ、ほぼ同じ遺伝子を持っている人は、存在しないことになりますので。
前提条件からして、エビデンスは絶対的なものではないのに、それでもエビデンス神話が生まれるのは、それまでの「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオン」の弊害が、あまりに大きかったので、その反動で、振り子が一気に反対に振り切れてしまったのかもしれません。

EBMが浸透したのは、90年代に入ってからだそうなので、ちょうど、のっぽ先生が医学生でいらした頃かと思います。
教育を受けていらした頃、エビデンスに基づく医療が、医学界を席捲していく感じはありましたか。

「エビデンスと価値観とが治療方針を決める」というのは、とってもすごいことですね。
今の、のっぽ先生は、実感としておわかりになるだろうなあ、と思います。ただ、皆がその理想の位置にたどり着くのは、難しいことです。今のままでは、疲労困憊のお医者さんの判断と、不安に苛まれる患者さんの価値観の組み合わせが、増えるばかりかと思います。

今年の確定申告もようやく終わり、多くの納税者に、多額の納税をしていただくことになります。
間違っている税金の配分を、どうにか是正してほしいと、今、切実に思っています。
2009/03/16(Mon) 23:54 | URL  | カノン #-[ 編集]
お返事その1
カノンさん

>のっぽ先生の最近の文章は、いつもながらの明晰さに加えて、居るべき場所にいらっしゃることからもたらされる、心地良い自信が感じられます。

有難うございます。この一ヶ月間は、非常にいい精神状態にありました。また、それなりに自分が今、勤めている病院で役に立てているということを実感でき、非常に幸せな日々を送っています。

カノンさんへのお返事ということもあり、精神科での例を取り上げたいと思います。(その方が、僕は説明がしやすいです。)

初めて幻覚妄想状態となり、統合失調症と診断され、入院し、薬物療法で、幻覚妄想が取れ、退院された患者さんを対象とします。

100人の患者さんのうち、50人には、新薬を処方します。残りの50人には、新薬と同じ形をしたプラセボ(偽薬、外見上、実薬と区別がつかない)をお渡しします。
患者さんは、自分が実薬を飲んでいるのか、偽薬を飲んでいるのかが分からないです。医者も、今、自分が診察し、薬を処方した患者さんが実薬を飲んでいるのか、偽薬を飲んでいるのかが分からないです。患者にとっても、医者にとっても、ブラインドである、この方法を「二重盲検(double blind test)」と言います。

あと、100人の患者さんをどうやって、実薬群とプラセボ(偽薬)群に割り付けるか、という問題が出て来ます。この割り付けに際しては、無作為であることがベストです。
昔は、カルテの下一桁が奇数番号の人は実薬、偶数番号の人は偽薬としていたようなのですが、これだと医者がブラインドを見破ってしまうので、現在はもっと手の込んだ方法がなされているようです。例えば、1から101までのくじを用意します。退院時に患者さんが、そのくじを引きます。なお、くじの結果は、患者さんは見ることはできません。見ることができるのは、係りの人だけです。100人がくじを引いて、31番が残ったとします。32番から81番を実薬群、82番から101番と1番から30番を偽薬群とするといった具合です。

上記のように、二重盲検で無作為割り付けで行えば、きちんとした比較試験として見なされます。なお、エビデンスについて勉強していると、RCTという言葉がよく出て来るのですが、これはrandamized controlled trail(無作為割り付け比較試験)と言って、患者さんを実薬群と偽薬群の2群に無作為に割り付ける比較試験のことです。1から101までのくじのところの説明が無作為割り付け比較試験の説明です。(続く)
2009/03/18(Wed) 11:40 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
お返事その2
カノンさん

精神科では、年齢の設定は事前になされないことが多く、例えば100人患者さんを集めて比較試験を行ってから、論文に「本試験の対象者は、15歳から59歳までであった。」と書くというのが多いです。
以上から、お分かりだと思いますが、「15歳の患者さんをプラセボ(偽薬)群に入れてしまったから、同じ年位の患者さんを実薬群に入れよう。」といったことはしないです。

>それでもエビデンス神話が生まれるのは、それまでの「直感、非系統的観察、病態生理学的機序、あるいはエキスパートのオピニオン」の弊害が、あまりに大きかったので、その反動で、振り子が一気に反対に振り切れてしまったのかもしれません。

そうだと、僕も思います。エビデンスが出て来るまでは、ちゃんとした医療を実践する医者とそうでない医者の間には、かなりの隔たりがあったと思います。

あと、カノンさんのご指摘は大変、素晴らしく、「その通りだな。」と改めて思ったのですが、エビデンスは絶対的なものではないので、それにこだわり過ぎるというのは、僕も誤りだと思います。

>EBMが浸透したのは、90年代に入ってからだそうなので、ちょうど、のっぽ先生が医学生でいらした頃かと思います。 教育を受けていらした頃、エビデンスに基づく医療が、医学界を席捲していく感じはありましたか。

僕が医学生をしていた頃、エビデンスという言葉は一度も聞いたことはないです。精神科を始めて2年目の2002年に「エビデンス精神医療」を読んで感銘を受け、それからエビデンスを意識するようになりました。僕が医者になったのが1999年ですので、1990年代のことは、よく分からないのですが、エビデンスが我々医者の間に浸透したのは、2000年代のことだと思います。
2009/03/18(Wed) 12:07 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
お返事その3
カノンさん

>今の、のっぽ先生は、実感としておわかりになるだろうなあ、と思います。ただ、皆がその理想の位置にたどり着くのは、難しいことです。今のままでは、疲労困憊のお医者さんの判断と、不安に苛まれる患者さんの価値観の組み合わせが、増えるばかりかと思います。

そうですね。僕は、今回、直腸癌になり、「エビデンスと価値観とが治療方針を決める」ことを実感して分かったつもりです。しかし、皆がそう思えるか、と言えば疑問ですね。

>間違っている税金の配分を、どうにか是正してほしいと、今、切実に思っています。

はっきり言って、僕も税金の配分は間違っていると思います。自民党は論外ですが、民主党もあまり期待できないですね。公約を読んでから判断しようと思っているのですが、現時点では共産党を支持したいと思います。
2009/03/18(Wed) 12:24 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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