癌との共存を目指しています。
患者が、「フルタイムで働きたいので、もっと抗がん剤の量を減らして欲しい。」と言う。医者は、「これ以上、減らすと効果が見込めないので、この量で行きましょう。」と言う。この話の行き着くところは、「抗がん剤の量が少な過ぎて、腫瘍がどんどん大きくなって、早く死ぬことになったら、誰が責任を取るの。」ということであり、その答えは「患者」である。なので、医者と患者の意見が食い違ったときは、患者の言っていることに従うのが道理である。言うに易し、行うに難しであるが。

子供が、「○○さんと結婚しようと思う。」と言う。親は、「(あなたが)○○さんと結婚するのは反対です。」と言う。この話も「○○さんの人間性(ここは、相手の社会的地位、経済力、家柄、予想される生存期間、持っている遺伝子など色々なものが入って来よう)に問題があって、困るのは誰。」ということであり、その答えは「本人」である。(もしかすると、誰かが亡くなり葬儀をあげる際、どうこう、ということで、家族も害を被るという意見もあるかも知れない。)なので、親と子供で意見が食い違ったときは、子供の言っていることに従うのが道理である。

上の記載についても、下の記載についても、上手に出来ている方、下の記載については、上手に出来ているが、上の記載については、うまく出来ない方、そして、上の記載についても、下の記載についても、上手に出来ない方、色々といらっしゃるか、と思う。
僕は、上の記載については、今のところ、何とかやれているが、下の記載については、およそ上手くやれているとは言えない。自分でまとめてみたいと思い、記事にしたが、医師患者関係より親子関係の方が考えるべき要素が多くて複雑だな、と思った。

ただ、この枠組みをみんながみんな理解しているとは思えないので(少なくとも、僕の家族は、違う考え方をしているようだ)、意見が食い違った時に苦労するのは、多くのケースで変わりがない気がする。

今回の記事は、反論を含め、いろいろと意見があるか、と思います。もし「そう思う。賛成だ。」もしくは「この点は違うと思う。反対だ。」という意見があれば、コメントして頂けると、有難いです。(万一、コメントの件数が多くなった場合は、返事の質が落ちるかも知れません。その点、ご了承頂けると、幸いです。)

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【2009/01/18 14:40】 | 思ったこと
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親子関係の方が難しい
ななこ
こんにちは。
私の場合は、精神疾患なので、上の記載の方とは、若干違ってきますが、でも自分から抗鬱剤を減らしてくれと、主治医にお願いして、それが今、功を奏して、現在に至っているので、一応、うまくいっていると思います。

下の記載に関しては、私は親の説得に失敗して、完全にねじ伏せられました。だから、失敗組の方でしょう。その時々に(進学・結婚に際して)親子関係の難しさを、ヒシヒシと感じて生きてきました。
今も関係は同じなので、(多少、力関係は、年齢により、私の方が強くなりましたが)親の説得には、苦労している一人です。
医師は変える事が可能ですが、親は変える事が出来ません。

今度は、私が親の立場になりましたが、自分の悔やんだ道を子供には、決して歩ませないつもりで今は、居るのですが。

医師は変える事が出来るが、親は変える事が出来ない。
のっぽ187
ななこさん

こんにちは。コメント、有難うございます。

精神疾患でも似た状況だと思います。

>でも自分から抗鬱剤を減らしてくれと、主治医にお願いして、それが今、功を奏して、現在に至っているので、一応、うまくいっていると思います。

素晴らしいことだと思います。

>その時々に(進学・結婚に際して)親子関係の難しさを、ヒシヒシと感じて生きてきました。

進学、結婚といったイベントの際に、そういった親子の間の価値観のずれが出て来ると、僕も思います。

>今も関係は同じなので、(多少、力関係は、年齢により、私の方が強くなりましたが)親の説得には、苦労している一人です。

年を重ねても、親の説得には、苦労していらっしゃるのですね。そうですか・・・。

>医師は変える事が可能ですが、親は変える事が出来ません。

そうですね。これは、非常に本質的なことだと思います。さっそく、核心に触れるコメントが得られ、大変、嬉しく思います。

>今度は、私が親の立場になりましたが、自分の悔やんだ道を子供には、決して歩ませないつもりで今は、居るのですが。

99%、大丈夫だと思います。(残りの1%については、僕は、ななこさんの子供ではないので、100%とは、しませんでした。)

親子は奇数
朗。
こんばんは。
医者と患者の関係での経験はあまりありませんが、生存=幸せだけではないという見解をもとに治療に対して情報公開して欲しいと願います。(そのあたりがセカンドオピニオン等に表れているのかもしれませんが)

親子という関係においては、「子」の立場としては良好に過ごしてきたと認識しております。
これは、自分の判断の責任は自分で。という幼いころからの両親の方針により得られたものだと感謝しております。

こうした経験から私個人としては、のっぽさんの意見には賛成です。


ただ、関係が経済活動の一環として発生した医者と患者の関係と、自分が育てたという自負のある親子関係では、どちらの方が提供側の意思が色濃く反映されるかは明確です。
そういった点から、親子は奇数。医者と患者は偶数と表現するのも面白いかもしれません。

幸せさの評価の仕方について
のっぽ187
朗。さん

こんばんは。

>生存=幸せだけではないという見解をもとに治療に対して情報公開して欲しいと願います。(そのあたりがセカンドオピニオン等に表れているのかもしれませんが)

僕も、生存期間が全てではないと考えています。しかし、腫瘍科領域の統計を見る限り、生存期間での評価が一般的です。幸せの度合いを客観的に評価するのは難しいかな、とは思うのですが。若い世代(20歳代、30歳代、40歳代、50歳代)については、仕事が出来ているか、で評価するのが良いかも知れません。

>親子という関係においては、「子」の立場としては良好に過ごしてきたと認識しております。 これは、自分の判断の責任は自分で。という幼いころからの両親の方針により得られたものだと感謝しております。

良い御両親ですね。正直、うらやましいです。

>こうした経験から私個人としては、のっぽさんの意見には賛成です。

有難うございます。

>ただ、関係が経済活動の一環として発生した医者と患者の関係と、自分が育てたという自負のある親子関係では、どちらの方が提供側の意思が色濃く反映されるかは明確です。

僕は時として、患者さんに対し、「親」に近い感情を持つことがありました。人によりけりだと思いますが、その辺が「医師患者関係」を難しくしているのかも知れない、とコメントを読んで、思いました。

No title
朗。
コメントを読んで、いいわけ?をひとつ。
奇数を持つ医者が居ることを否定する文章ではないので。あしからず^^

No title
とも
こんばんは。
コメントしていただいてありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。

私は今年結婚しようと思っていたのですが、彼女の祖母に反対をされてしまいました。
遠距離恋愛なので、東京に行ってほしくないという理由だそうです。

今は理解してもらえないと思うのですが、きっと認めてもらえると思っています。
私は時間が解決してくれると思っています。
すぐに信用してもらえないのはわかっていることなので、認めてもらえるように時間をかけて説得をしている最中です。

私は自分の意思で行動していきたいのですが、周りの人にも認めてもらいたいですね。
認めてもらうには時間が必要だと思っています。

とても難しい話しですね。
私は無理にお願いするのではなく、どうすれば認めてもらえるのかを考えると思います。

どうすれば認めてもらえるのかを考える。
のっぽ187
ともさん

拙ブログへ、ようこそ。

>今は理解してもらえないと思うのですが、きっと認めてもらえると思っています。 私は時間が解決してくれると思っています。 すぐに信用してもらえないのはわかっていることなので、認めてもらえるように時間をかけて説得をしている最中です。

時間が解決してくれる、というのは、素晴らしい考え方だと思います。とても参考になりました。

>私は自分の意思で行動していきたいのですが、周りの人にも認めてもらいたいですね。

そうですね。周りの人に認めてもらう方が、明らかに良いと思います。

>私は無理にお願いするのではなく、どうすれば認めてもらえるのかを考えると思います。

素晴らしいアプローチだと思います。深く感心しました。

こちらこそ、これからも、よろしくお願い致します。

「親」のような感情
カノン
気が抜けたころの書き込みで、本当に申し訳ありません。しかも、焦点がズレちゃっています。

毎日、気持ち良く、たくさん歩いていらっしゃるご様子で、何よりです!
のっぽ先生が、今の生活を、いたく気に入っておられるお気持ちは、とてもよくわかる気がします。働いている者としては、ちょっと困るくらいわかります(笑)。
私が働いていられるのは、たぶん、働き続けているからではないか、と思います。何らかの事情で、一旦中断してしまったら、この生活に戻る気力が残っているか、疑問です。仕事は、やりがいを与えてくれますが、多くのストレスももたらします。糾える縄のごとし、ですね。

レポート期限に向けて、泥縄式に「ストレングスモデル―精神障害者のためのケースマネジメント―」(金剛出版)を読んでいます。かなり雑駁な読み方なのですが、自分自身にも当てはまるなあ、と結構身につまされたりしています。
自分の中に、健常な部分と、障害のある部分があって、それが万華鏡のように、場面場面で、形を変えているような気がします。ですから、「健常であること」と「障害を持つこと」は、2分割にはできない、というのが感想です。

この本の中で、アルコール依存症の男性のケースが紹介されていたのですが、どこでもトラブルを起こしてしまい、当人でさえ希望を持てない状態の時、彼のために希望を持ち、可能性を信じて側にいた、専門家の存在が、感動的でした。

子どもを否定したり、コントロールしたりせずに、傍らで希望を持ち続けるというのは、本来は親が担う役割なのだ、と思います。でも、実際の親ではなくても、側に一人でもそういう存在がいたら、人は生き延びられるのかもしれません。

ですから、のっぽ先生が、朗。さんのコメントへの返信で、「僕は時として、患者さんに対し、『親』に近い感情を持つことがありました。」と書いていらしたのを読んで、何だかジーンとしてしまいました。
長期の入院患者さんにも、「親」のような感情を持たれたとしましたら、それはどんな感情だったのでしょう。

さて、ヤクルト、腹立ちました!
甘ったるい乳酸飲料の陰で、そんな隠蔽体質だったとは。患者さん達に、きちんと向き合おうとしないで、利権のからむ厚労省にだけ、尻尾を振っているということでしょうか。
ヤクルト400、飲んでみようかと思っていましたが、止めました。ささやかな不買運動です。


物事を楽観する。
のっぽ187
カノンさん

>私が働いていられるのは、たぶん、働き続けているからではないか、と思います。

そうですね。僕も、そうだったんだと思います。
長距離を走っていると、走っている間は、そこそこハイペースで走れるのですが、一旦、立ち止まってしまうと、そこからまた走り出すのは大変、というのに似ていると思います。

>仕事は、やりがいを与えてくれますが、多くのストレスももたらします。糾える縄のごとし、ですね。

仕事の位置付けは、難しいですよね。僕としては、「収入は減ってもいいから、ストレスを少なくしたい。」と考えています。

患者さんと関わりが深くなればなるほど、僕は時として「親」に近い感情を持つことがありました。うつ病や神経症圏の方で、仕事を持っていらして、僕のもとに通って来られていた方は、別ですが(この場合は、対等な関係を目指していた)、長期入院されていた方に対しては「親」というか「身内」のような感覚をしばしば抱いていました。(長期入院の方は、殆どが、僕から見て親くらいの年齢です。)

>この本の中で、アルコール依存症の男性のケースが紹介されていたのですが、どこでもトラブルを起こしてしまい、当人でさえ希望を持てない状態の時、彼のために希望を持ち、可能性を信じて側にいた、専門家の存在が、感動的でした。

そうですね。僕が精神科医として「向いているな。」と思う根拠の一つに「物事を楽観する。」というところがあります。

>長期の入院患者さんにも、「親」のような感情を持たれたとしましたら、それはどんな感情だったのでしょう。

叶えられる希望は叶えてあげたいな、と思う一方(外へ買い物に行けそうな人は、なるべく行けるように取り計らうなど)、自分で自分のことを管理できない方が殆どだったので(糖尿病で食事療法中なのに、お菓子をたくさん買って来るなど)、抑えるところは、きちんと抑える、ということをしているうちに、患者さんに対し「親」のような感情を抱いてしまうことがありました。

>患者さん達に、きちんと向き合おうとしないで、利権のからむ厚労省にだけ、尻尾を振っているということでしょうか。

少なくとも、今日、対応された方は、そんな感じでした。あの感じだと、会社全体として、そういう姿勢なのだと思います。
ただ、どこの会社もそうだと思うのですが、研究をしている人は、ひたすら、良いものを作ろう、と考えていると思います。
膵臓がんサバイバー(生還者)への挑戦http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/2008/12/post-2c0e.htmlにも書かれていますように、「ヤクルト400」が一番良いように、僕も思います。実は、先週から「ヤクルト400LT」を僕も飲んでいます。会社の姿勢は大いに問題があると思われるが、作っている製品は良いものがあるので、それは買って飲む、で良いと思います。
不買運動が出来れば素晴らしいのですが、ヤクルト400とそれ以外の物の間には、信頼性において差があるように思いますので、「これは、これ。それは、それ。」で良いかと思います。


RainBow
いまさらコメントすみません(笑)

医者と患者の関係は、私的に良いものではないけど、自分が思う通りにさせてもらってるということで、まぁ出来ているかなとは思います。

親と子供の関係かぁ…人として、社会人として、礼儀として、などなど少し口うるさい面もあるけれど、それは人としての最低限のマナーなので自分のためにはなっていると思うし、社会的地位がどうとか世間体がどうとか(例えば、勉強しなさいとか結婚しなさいとか)は一切言わないで、私のやりたいことをやらせてくれていたので、親には感謝しています。ただ、以前のエントリーじゃないですが、私が明らかに不幸になるであろう相手との付き合いは反対されて、今まで恋人に関して口出されたことなかったから「なんで!?」って思っていたけど、今になり漸く反対されていた意味がわかり親にはやはり感謝しています(笑)。

親はだてに歳をとっているわけでなく、ちゃんと見抜く力があるんだなぁと変なところで感心してしまいました。

子供には幸せになってほしいから、不幸にはなってほしくないからついつい口出してしまうんですよね。変な方向に向かっていったら軌道修正したくなるんですよね。親の心、子知らず…ですね。

なんかあまり、この記事に対してのコメントになっていないけれど、医者は辛い状態でも命を助けたい、けれど親は辛い思いはさせたくないけど命は助けたい。やはりどこか違う気がします。うちの親をみて感じました。

親身になる。
のっぽ187
RainBowさん

>いまさらコメントすみません(笑)

全然、かまわないですよ。いつの記事に対するコメントでも、大歓迎です。また、僕の記事は、笑点の「お題」のようなもので、それに関するコメントであれば、これまた大歓迎です。

>医者と患者の関係は、私的に良いものではないけど、自分が思う通りにさせてもらってるということで、まぁ出来ているかなとは思います。

なかなか上手にされているなあ、という印象を、僕は持っています。

>人として、社会人として、礼儀として、などなど少し口うるさい面もあるけれど、それは人としての最低限のマナーなので自分のためにはなっていると思うし、

ブログを通して、やり取りをする分においては、「かなり、ご両親がしっかりされていて、RainBowさんは、きちんとした教育を受けられているなあ。」とよく思います。こちらが気持ち良くやり取りできるのは、その賜物だと思います。

>社会的地位がどうとか世間体がどうとか(例えば、勉強しなさいとか結婚しなさいとか)は一切言わないで、私のやりたいことをやらせてくれていたので、親には感謝しています。

素晴らしいご両親だと思います。

>今になり漸く反対されていた意味がわかり親にはやはり感謝しています(笑)。
>親はだてに歳をとっているわけでなく、ちゃんと見抜く力があるんだなぁと変なところで感心してしまいました。

ご両親がしっかりされていること、RainBowさんが十分賢い人物であることが見て取れますね。

>子供には幸せになってほしいから、不幸にはなってほしくないからついつい口出してしまうんですよね。

私事で恐縮なのですが、難しいのは、親の思い描く幸福と子供が思い描く幸福が違う場合ですよね。

>医者は辛い状態でも命を助けたい、けれど親は辛い思いはさせたくないけど命は助けたい。やはりどこか違う気がします。

このコメントから読み取れるのは、「親は親身になっているけど、医者は親身になっていない。少なくとも親ほど親身になっていない。」ということですね。あと、いつも思うことですが、相手の身になって考えるというのは難しい、ということですね。

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コメント
この記事へのコメント
親子関係の方が難しい
こんにちは。
私の場合は、精神疾患なので、上の記載の方とは、若干違ってきますが、でも自分から抗鬱剤を減らしてくれと、主治医にお願いして、それが今、功を奏して、現在に至っているので、一応、うまくいっていると思います。

下の記載に関しては、私は親の説得に失敗して、完全にねじ伏せられました。だから、失敗組の方でしょう。その時々に(進学・結婚に際して)親子関係の難しさを、ヒシヒシと感じて生きてきました。
今も関係は同じなので、(多少、力関係は、年齢により、私の方が強くなりましたが)親の説得には、苦労している一人です。
医師は変える事が可能ですが、親は変える事が出来ません。

今度は、私が親の立場になりましたが、自分の悔やんだ道を子供には、決して歩ませないつもりで今は、居るのですが。
2009/01/18(Sun) 16:03 | URL  | ななこ #-[ 編集]
医師は変える事が出来るが、親は変える事が出来ない。
ななこさん

こんにちは。コメント、有難うございます。

精神疾患でも似た状況だと思います。

>でも自分から抗鬱剤を減らしてくれと、主治医にお願いして、それが今、功を奏して、現在に至っているので、一応、うまくいっていると思います。

素晴らしいことだと思います。

>その時々に(進学・結婚に際して)親子関係の難しさを、ヒシヒシと感じて生きてきました。

進学、結婚といったイベントの際に、そういった親子の間の価値観のずれが出て来ると、僕も思います。

>今も関係は同じなので、(多少、力関係は、年齢により、私の方が強くなりましたが)親の説得には、苦労している一人です。

年を重ねても、親の説得には、苦労していらっしゃるのですね。そうですか・・・。

>医師は変える事が可能ですが、親は変える事が出来ません。

そうですね。これは、非常に本質的なことだと思います。さっそく、核心に触れるコメントが得られ、大変、嬉しく思います。

>今度は、私が親の立場になりましたが、自分の悔やんだ道を子供には、決して歩ませないつもりで今は、居るのですが。

99%、大丈夫だと思います。(残りの1%については、僕は、ななこさんの子供ではないので、100%とは、しませんでした。)
2009/01/18(Sun) 17:29 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
親子は奇数
こんばんは。
医者と患者の関係での経験はあまりありませんが、生存=幸せだけではないという見解をもとに治療に対して情報公開して欲しいと願います。(そのあたりがセカンドオピニオン等に表れているのかもしれませんが)

親子という関係においては、「子」の立場としては良好に過ごしてきたと認識しております。
これは、自分の判断の責任は自分で。という幼いころからの両親の方針により得られたものだと感謝しております。

こうした経験から私個人としては、のっぽさんの意見には賛成です。


ただ、関係が経済活動の一環として発生した医者と患者の関係と、自分が育てたという自負のある親子関係では、どちらの方が提供側の意思が色濃く反映されるかは明確です。
そういった点から、親子は奇数。医者と患者は偶数と表現するのも面白いかもしれません。
2009/01/19(Mon) 19:01 | URL  | 朗。 #eY/C.44M[ 編集]
幸せさの評価の仕方について
朗。さん

こんばんは。

>生存=幸せだけではないという見解をもとに治療に対して情報公開して欲しいと願います。(そのあたりがセカンドオピニオン等に表れているのかもしれませんが)

僕も、生存期間が全てではないと考えています。しかし、腫瘍科領域の統計を見る限り、生存期間での評価が一般的です。幸せの度合いを客観的に評価するのは難しいかな、とは思うのですが。若い世代(20歳代、30歳代、40歳代、50歳代)については、仕事が出来ているか、で評価するのが良いかも知れません。

>親子という関係においては、「子」の立場としては良好に過ごしてきたと認識しております。 これは、自分の判断の責任は自分で。という幼いころからの両親の方針により得られたものだと感謝しております。

良い御両親ですね。正直、うらやましいです。

>こうした経験から私個人としては、のっぽさんの意見には賛成です。

有難うございます。

>ただ、関係が経済活動の一環として発生した医者と患者の関係と、自分が育てたという自負のある親子関係では、どちらの方が提供側の意思が色濃く反映されるかは明確です。

僕は時として、患者さんに対し、「親」に近い感情を持つことがありました。人によりけりだと思いますが、その辺が「医師患者関係」を難しくしているのかも知れない、とコメントを読んで、思いました。
2009/01/19(Mon) 20:45 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
No title
コメントを読んで、いいわけ?をひとつ。
奇数を持つ医者が居ることを否定する文章ではないので。あしからず^^
2009/01/19(Mon) 21:15 | URL  | 朗。 #eY/C.44M[ 編集]
No title
こんばんは。
コメントしていただいてありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。

私は今年結婚しようと思っていたのですが、彼女の祖母に反対をされてしまいました。
遠距離恋愛なので、東京に行ってほしくないという理由だそうです。

今は理解してもらえないと思うのですが、きっと認めてもらえると思っています。
私は時間が解決してくれると思っています。
すぐに信用してもらえないのはわかっていることなので、認めてもらえるように時間をかけて説得をしている最中です。

私は自分の意思で行動していきたいのですが、周りの人にも認めてもらいたいですね。
認めてもらうには時間が必要だと思っています。

とても難しい話しですね。
私は無理にお願いするのではなく、どうすれば認めてもらえるのかを考えると思います。
2009/01/20(Tue) 22:17 | URL  | とも #-[ 編集]
どうすれば認めてもらえるのかを考える。
ともさん

拙ブログへ、ようこそ。

>今は理解してもらえないと思うのですが、きっと認めてもらえると思っています。 私は時間が解決してくれると思っています。 すぐに信用してもらえないのはわかっていることなので、認めてもらえるように時間をかけて説得をしている最中です。

時間が解決してくれる、というのは、素晴らしい考え方だと思います。とても参考になりました。

>私は自分の意思で行動していきたいのですが、周りの人にも認めてもらいたいですね。

そうですね。周りの人に認めてもらう方が、明らかに良いと思います。

>私は無理にお願いするのではなく、どうすれば認めてもらえるのかを考えると思います。

素晴らしいアプローチだと思います。深く感心しました。

こちらこそ、これからも、よろしくお願い致します。
2009/01/20(Tue) 23:13 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
「親」のような感情
気が抜けたころの書き込みで、本当に申し訳ありません。しかも、焦点がズレちゃっています。

毎日、気持ち良く、たくさん歩いていらっしゃるご様子で、何よりです!
のっぽ先生が、今の生活を、いたく気に入っておられるお気持ちは、とてもよくわかる気がします。働いている者としては、ちょっと困るくらいわかります(笑)。
私が働いていられるのは、たぶん、働き続けているからではないか、と思います。何らかの事情で、一旦中断してしまったら、この生活に戻る気力が残っているか、疑問です。仕事は、やりがいを与えてくれますが、多くのストレスももたらします。糾える縄のごとし、ですね。

レポート期限に向けて、泥縄式に「ストレングスモデル―精神障害者のためのケースマネジメント―」(金剛出版)を読んでいます。かなり雑駁な読み方なのですが、自分自身にも当てはまるなあ、と結構身につまされたりしています。
自分の中に、健常な部分と、障害のある部分があって、それが万華鏡のように、場面場面で、形を変えているような気がします。ですから、「健常であること」と「障害を持つこと」は、2分割にはできない、というのが感想です。

この本の中で、アルコール依存症の男性のケースが紹介されていたのですが、どこでもトラブルを起こしてしまい、当人でさえ希望を持てない状態の時、彼のために希望を持ち、可能性を信じて側にいた、専門家の存在が、感動的でした。

子どもを否定したり、コントロールしたりせずに、傍らで希望を持ち続けるというのは、本来は親が担う役割なのだ、と思います。でも、実際の親ではなくても、側に一人でもそういう存在がいたら、人は生き延びられるのかもしれません。

ですから、のっぽ先生が、朗。さんのコメントへの返信で、「僕は時として、患者さんに対し、『親』に近い感情を持つことがありました。」と書いていらしたのを読んで、何だかジーンとしてしまいました。
長期の入院患者さんにも、「親」のような感情を持たれたとしましたら、それはどんな感情だったのでしょう。

さて、ヤクルト、腹立ちました!
甘ったるい乳酸飲料の陰で、そんな隠蔽体質だったとは。患者さん達に、きちんと向き合おうとしないで、利権のからむ厚労省にだけ、尻尾を振っているということでしょうか。
ヤクルト400、飲んでみようかと思っていましたが、止めました。ささやかな不買運動です。
2009/01/23(Fri) 23:59 | URL  | カノン #-[ 編集]
物事を楽観する。
カノンさん

>私が働いていられるのは、たぶん、働き続けているからではないか、と思います。

そうですね。僕も、そうだったんだと思います。
長距離を走っていると、走っている間は、そこそこハイペースで走れるのですが、一旦、立ち止まってしまうと、そこからまた走り出すのは大変、というのに似ていると思います。

>仕事は、やりがいを与えてくれますが、多くのストレスももたらします。糾える縄のごとし、ですね。

仕事の位置付けは、難しいですよね。僕としては、「収入は減ってもいいから、ストレスを少なくしたい。」と考えています。

患者さんと関わりが深くなればなるほど、僕は時として「親」に近い感情を持つことがありました。うつ病や神経症圏の方で、仕事を持っていらして、僕のもとに通って来られていた方は、別ですが(この場合は、対等な関係を目指していた)、長期入院されていた方に対しては「親」というか「身内」のような感覚をしばしば抱いていました。(長期入院の方は、殆どが、僕から見て親くらいの年齢です。)

>この本の中で、アルコール依存症の男性のケースが紹介されていたのですが、どこでもトラブルを起こしてしまい、当人でさえ希望を持てない状態の時、彼のために希望を持ち、可能性を信じて側にいた、専門家の存在が、感動的でした。

そうですね。僕が精神科医として「向いているな。」と思う根拠の一つに「物事を楽観する。」というところがあります。

>長期の入院患者さんにも、「親」のような感情を持たれたとしましたら、それはどんな感情だったのでしょう。

叶えられる希望は叶えてあげたいな、と思う一方(外へ買い物に行けそうな人は、なるべく行けるように取り計らうなど)、自分で自分のことを管理できない方が殆どだったので(糖尿病で食事療法中なのに、お菓子をたくさん買って来るなど)、抑えるところは、きちんと抑える、ということをしているうちに、患者さんに対し「親」のような感情を抱いてしまうことがありました。

>患者さん達に、きちんと向き合おうとしないで、利権のからむ厚労省にだけ、尻尾を振っているということでしょうか。

少なくとも、今日、対応された方は、そんな感じでした。あの感じだと、会社全体として、そういう姿勢なのだと思います。
ただ、どこの会社もそうだと思うのですが、研究をしている人は、ひたすら、良いものを作ろう、と考えていると思います。
膵臓がんサバイバー(生還者)への挑戦http://pancreatic.cocolog-nifty.com/oncle/2008/12/post-2c0e.htmlにも書かれていますように、「ヤクルト400」が一番良いように、僕も思います。実は、先週から「ヤクルト400LT」を僕も飲んでいます。会社の姿勢は大いに問題があると思われるが、作っている製品は良いものがあるので、それは買って飲む、で良いと思います。
不買運動が出来れば素晴らしいのですが、ヤクルト400とそれ以外の物の間には、信頼性において差があるように思いますので、「これは、これ。それは、それ。」で良いかと思います。
2009/01/24(Sat) 01:50 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
いまさらコメントすみません(笑)

医者と患者の関係は、私的に良いものではないけど、自分が思う通りにさせてもらってるということで、まぁ出来ているかなとは思います。

親と子供の関係かぁ…人として、社会人として、礼儀として、などなど少し口うるさい面もあるけれど、それは人としての最低限のマナーなので自分のためにはなっていると思うし、社会的地位がどうとか世間体がどうとか(例えば、勉強しなさいとか結婚しなさいとか)は一切言わないで、私のやりたいことをやらせてくれていたので、親には感謝しています。ただ、以前のエントリーじゃないですが、私が明らかに不幸になるであろう相手との付き合いは反対されて、今まで恋人に関して口出されたことなかったから「なんで!?」って思っていたけど、今になり漸く反対されていた意味がわかり親にはやはり感謝しています(笑)。

親はだてに歳をとっているわけでなく、ちゃんと見抜く力があるんだなぁと変なところで感心してしまいました。

子供には幸せになってほしいから、不幸にはなってほしくないからついつい口出してしまうんですよね。変な方向に向かっていったら軌道修正したくなるんですよね。親の心、子知らず…ですね。

なんかあまり、この記事に対してのコメントになっていないけれど、医者は辛い状態でも命を助けたい、けれど親は辛い思いはさせたくないけど命は助けたい。やはりどこか違う気がします。うちの親をみて感じました。
2009/01/24(Sat) 13:55 | URL  | RainBow #-[ 編集]
親身になる。
RainBowさん

>いまさらコメントすみません(笑)

全然、かまわないですよ。いつの記事に対するコメントでも、大歓迎です。また、僕の記事は、笑点の「お題」のようなもので、それに関するコメントであれば、これまた大歓迎です。

>医者と患者の関係は、私的に良いものではないけど、自分が思う通りにさせてもらってるということで、まぁ出来ているかなとは思います。

なかなか上手にされているなあ、という印象を、僕は持っています。

>人として、社会人として、礼儀として、などなど少し口うるさい面もあるけれど、それは人としての最低限のマナーなので自分のためにはなっていると思うし、

ブログを通して、やり取りをする分においては、「かなり、ご両親がしっかりされていて、RainBowさんは、きちんとした教育を受けられているなあ。」とよく思います。こちらが気持ち良くやり取りできるのは、その賜物だと思います。

>社会的地位がどうとか世間体がどうとか(例えば、勉強しなさいとか結婚しなさいとか)は一切言わないで、私のやりたいことをやらせてくれていたので、親には感謝しています。

素晴らしいご両親だと思います。

>今になり漸く反対されていた意味がわかり親にはやはり感謝しています(笑)。
>親はだてに歳をとっているわけでなく、ちゃんと見抜く力があるんだなぁと変なところで感心してしまいました。

ご両親がしっかりされていること、RainBowさんが十分賢い人物であることが見て取れますね。

>子供には幸せになってほしいから、不幸にはなってほしくないからついつい口出してしまうんですよね。

私事で恐縮なのですが、難しいのは、親の思い描く幸福と子供が思い描く幸福が違う場合ですよね。

>医者は辛い状態でも命を助けたい、けれど親は辛い思いはさせたくないけど命は助けたい。やはりどこか違う気がします。

このコメントから読み取れるのは、「親は親身になっているけど、医者は親身になっていない。少なくとも親ほど親身になっていない。」ということですね。あと、いつも思うことですが、相手の身になって考えるというのは難しい、ということですね。
2009/01/25(Sun) 15:10 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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