癌との共存を目指しています。
外は今日も晴れている。いつものように敷布団を干す。これまでよりは体調は少しましである。とは言え、頭が少しボーっとする。今、パリで指されている竜王戦(渡辺竜王vs羽生名人)の棋譜などを見ていたが、どうも頭が働かない。「読む」ということが出来ない。あと、食事はそこそこ摂れているのだが、間食を欲しいと思わない。

どうも、+α の部分が働かないし、欠けているようだ。

「生きる」ということだけであれば、今で、そこそこ良いと考えることが出来る。しかし、深く物を考える力や「甘い物が欲しいな。食べたいな。」という感情は、人が人として生きていく上で非常に大切なものであるように思う。

もう少し、人間らしくなりたい。


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【2008/10/19 15:16】 | 自分の体
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主治医との関係
カノン
晴れた日に、敷布団を干していらっしゃるのは、とてもえらいです!
それに、のっぽ先生は、日頃、頭脳明晰なので、ご自分に対する
要求水準が高いように思います(笑)。

正しく理解できているかは疑問ですが、高橋式と梅澤式の違いが、
いつもながらの丁寧な解説で、わかったような気がします。

どちらの方法を選ぶかにつきましては、最終的には、もちろん
のっぽ先生の判断によりますが、主治医さんとの関係も、当然
関わってくるものだ、と思います。

例えば、病院で勤務していらした時、病識のない患者さんが服薬
しないという場合は別にして、処方した薬の量より、自分の意思
で減らしたいと申し出る患者さんを、診ていらしたことも、あるかも
しれません。中には、隠れて薬を捨ててしまっているかも、と疑わ
れる患者さんもいらしたかもしれません。
3月までの、のっぽ先生は、そういう患者さんに対して、どんな
ふうに思われましたでしょうか。

また、自分と方針が違う患者さんの治療に、積極的に取り組もうと
いうモチベーションを、途切れることなく持ち続けてもらうためには、
どのようにしたらよいのでしょう。

羽生さんは、大詰めに来た時、勝負を分けるものは、指運であり、
手がいい所に行くかどうかだ、と言っていました。意味が深過ぎて
わかりませんでしたが、頭に残る言葉でした。

うつ
Ito
最近少し元気になって無理をしすぎたのか、また少しうつが顔を出しつつあります。

調子がいいときは、”+α”の状態を当たり前のように感じるのですが、調子が悪くなると「なんとか生きているだけ」という状態になってしまいます。

人間、ただ生きていればいいってもんではないですよね。いろいろなことを感じながら、人間らしく生きたいものです。

No title
あおくん
欲って本当に生きてる証拠なんだね。
この文章を見て実感しました。



のっぽ187
カノンさん

>晴れた日に、敷布団を干していらっしゃるのは、とてもえらいです!

晴れた日に敷布団を干しておくと、夜寝る時、すごく気持ちがいいので、なるべく干すようにしています。

>のっぽ先生は、日頃、頭脳明晰なので、ご自分に対する
要求水準が高いように思います(笑)。

主治医に「頭がきちんと働くようにして欲しい。」と言うと、「贅沢な。」と思われるかもしれませんが、頭の働かない僕は、気の抜けた炭酸飲料みたいな物なので、頭の働きは必要ですね。

今年の3月までのことを書きます。
患者さんが減薬を申し出てきたら、患者さんに「どうして薬を減らしたいと思ったのですか。」と尋ねますね。副作用が強いのであれば、薬を減らすか、替えるか、しますね。患者さんも人ですから、納得が行かない内容の薬であれば、きっと服薬されないでしょうから
。困るのは、病識のない方ですね。原則、デポ剤を使っていました。
副作用が強くなければ、デポ剤を同じ量で継続するという対応をしていました。デポ剤を使っている患者さんには、「これはビタミンのような物で、今の調子を保つためには必要なものです。」と説明していました。薬理学的には不正確な説明ですが、「今の調子を保つためには必要なものです。」というのは事実だと思います。

僕は、病についての理解はあるつもりです。なので、副作用の程度、効果の程度について、きちんと話し合いたいな、と思っています。
主治医が僕の抗がん剤の用量(特にオキサリプラチンの用量)を減らしたがらないのは、「一日でも長く生きて欲しい。」という親切心から来るものだと、僕は考えています。
長生きも大事だけど、「心地よく生きたい。」という僕の希望をうまく主治医に伝えられるように、今後とも努力を続けて行きたい。返事を書きながら、そう思いました。

>羽生さんは、大詰めに来た時、勝負を分けるものは、指運であり、手がいい所に行くかどうかだ、と言っていました。意味が深過ぎてわかりませんでしたが、頭に残る言葉でした。

よく分からない状況で、かつ時間がない時は(将棋の終盤は、いつも持ち時間が足らなくなる。どの棋士も皆そう)、手が動いたままに指す、ということがよくあるみたいですね。結果、いい手が指せたかどうかは「運」だということですね。
するべき判断をきちんとした後は、私達は「運」に左右されることが多いように思います。羽生さんのその言葉、よく分かります。

人間らしい感情
のっぽ187
Itoさん

>最近少し元気になって無理をしすぎたのか、また少しうつが顔を出しつつあります。

ブログを拝見している限りでは、全く気付きませんでした。

>人間、ただ生きていればいいってもんではないですよね。いろいろなことを感じながら、人間らしく生きたいものです。

人間が人間らしくあるためには、程よい喜怒哀楽や「欲しい。」と思う感情が必要なんだと思います。


生きている証拠
のっぽ187
あおくん

>欲って本当に生きてる証拠なんだね。

そう思います。「お腹すいた。〇〇、欲しいな。」とか「〇〇へ出掛けたいな。」と思う、これって生きている証拠だと思います。

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この記事へのコメント
主治医との関係
晴れた日に、敷布団を干していらっしゃるのは、とてもえらいです!
それに、のっぽ先生は、日頃、頭脳明晰なので、ご自分に対する
要求水準が高いように思います(笑)。

正しく理解できているかは疑問ですが、高橋式と梅澤式の違いが、
いつもながらの丁寧な解説で、わかったような気がします。

どちらの方法を選ぶかにつきましては、最終的には、もちろん
のっぽ先生の判断によりますが、主治医さんとの関係も、当然
関わってくるものだ、と思います。

例えば、病院で勤務していらした時、病識のない患者さんが服薬
しないという場合は別にして、処方した薬の量より、自分の意思
で減らしたいと申し出る患者さんを、診ていらしたことも、あるかも
しれません。中には、隠れて薬を捨ててしまっているかも、と疑わ
れる患者さんもいらしたかもしれません。
3月までの、のっぽ先生は、そういう患者さんに対して、どんな
ふうに思われましたでしょうか。

また、自分と方針が違う患者さんの治療に、積極的に取り組もうと
いうモチベーションを、途切れることなく持ち続けてもらうためには、
どのようにしたらよいのでしょう。

羽生さんは、大詰めに来た時、勝負を分けるものは、指運であり、
手がいい所に行くかどうかだ、と言っていました。意味が深過ぎて
わかりませんでしたが、頭に残る言葉でした。
2008/10/20(Mon) 01:15 | URL  | カノン #-[ 編集]
うつ
最近少し元気になって無理をしすぎたのか、また少しうつが顔を出しつつあります。

調子がいいときは、”+α”の状態を当たり前のように感じるのですが、調子が悪くなると「なんとか生きているだけ」という状態になってしまいます。

人間、ただ生きていればいいってもんではないですよね。いろいろなことを感じながら、人間らしく生きたいものです。
2008/10/20(Mon) 15:53 | URL  | Ito #ch2f7abI[ 編集]
No title
欲って本当に生きてる証拠なんだね。
この文章を見て実感しました。
2008/10/20(Mon) 17:44 | URL  | あおくん #-[ 編集]
カノンさん

>晴れた日に、敷布団を干していらっしゃるのは、とてもえらいです!

晴れた日に敷布団を干しておくと、夜寝る時、すごく気持ちがいいので、なるべく干すようにしています。

>のっぽ先生は、日頃、頭脳明晰なので、ご自分に対する
要求水準が高いように思います(笑)。

主治医に「頭がきちんと働くようにして欲しい。」と言うと、「贅沢な。」と思われるかもしれませんが、頭の働かない僕は、気の抜けた炭酸飲料みたいな物なので、頭の働きは必要ですね。

今年の3月までのことを書きます。
患者さんが減薬を申し出てきたら、患者さんに「どうして薬を減らしたいと思ったのですか。」と尋ねますね。副作用が強いのであれば、薬を減らすか、替えるか、しますね。患者さんも人ですから、納得が行かない内容の薬であれば、きっと服薬されないでしょうから
。困るのは、病識のない方ですね。原則、デポ剤を使っていました。
副作用が強くなければ、デポ剤を同じ量で継続するという対応をしていました。デポ剤を使っている患者さんには、「これはビタミンのような物で、今の調子を保つためには必要なものです。」と説明していました。薬理学的には不正確な説明ですが、「今の調子を保つためには必要なものです。」というのは事実だと思います。

僕は、病についての理解はあるつもりです。なので、副作用の程度、効果の程度について、きちんと話し合いたいな、と思っています。
主治医が僕の抗がん剤の用量(特にオキサリプラチンの用量)を減らしたがらないのは、「一日でも長く生きて欲しい。」という親切心から来るものだと、僕は考えています。
長生きも大事だけど、「心地よく生きたい。」という僕の希望をうまく主治医に伝えられるように、今後とも努力を続けて行きたい。返事を書きながら、そう思いました。

>羽生さんは、大詰めに来た時、勝負を分けるものは、指運であり、手がいい所に行くかどうかだ、と言っていました。意味が深過ぎてわかりませんでしたが、頭に残る言葉でした。

よく分からない状況で、かつ時間がない時は(将棋の終盤は、いつも持ち時間が足らなくなる。どの棋士も皆そう)、手が動いたままに指す、ということがよくあるみたいですね。結果、いい手が指せたかどうかは「運」だということですね。
するべき判断をきちんとした後は、私達は「運」に左右されることが多いように思います。羽生さんのその言葉、よく分かります。
2008/10/20(Mon) 23:15 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
人間らしい感情
Itoさん

>最近少し元気になって無理をしすぎたのか、また少しうつが顔を出しつつあります。

ブログを拝見している限りでは、全く気付きませんでした。

>人間、ただ生きていればいいってもんではないですよね。いろいろなことを感じながら、人間らしく生きたいものです。

人間が人間らしくあるためには、程よい喜怒哀楽や「欲しい。」と思う感情が必要なんだと思います。
2008/10/21(Tue) 16:54 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
生きている証拠
あおくん

>欲って本当に生きてる証拠なんだね。

そう思います。「お腹すいた。〇〇、欲しいな。」とか「〇〇へ出掛けたいな。」と思う、これって生きている証拠だと思います。
2008/10/21(Tue) 16:57 | URL  | のっぽ187 #-[ 編集]
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