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癌との共存を目指しています。
13:58~14:13の間、Tシャツ、短パン(Tシャツの袖は、肩までたくし上げて)の出で立ちで、外を歩いて来た。(足元は、素足につっかけ)

気温35℃。

晴天で、歩いている間は、ずっと、陽が差し込んでいた。

なかなか、気持ち良かった。

「もう十分歩いたな。」と感じられたので、今日は、15分で終了。

6月20日頃に比べると、陽は少し傾いた印象。

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初期人類は、エチオピア高原辺りに居たらしい。(島泰三著、「親指はなぜ太いのか」、P253の終わりの4行)

アップダウンのある坂道を上がったり下りたりするのが、(夏の暑い時に、)ヒトの身体に合っているのではないか。

そう感じられた。

次は、通院(総合病院への通院)を止めないと、いけないな。

考え中。

座位は、頭が回らない。(臥位でのみ、頭は働く。)

7月1日(木)に、体重計に乗った。

57.8㎏だった。

窓に映る自分の姿は、マハトマ・ガンジーだが(肋骨が浮かび上がっている)、体重は、それなりにある様だ。

よく水分を摂っているので、体内に水が増えているのかも知れない。

標準的な投与量では抗がん剤の副作用が強く出るため、低用量での抗がん剤治療を希望し、これを受けた(FOLFOXを計14回、受けた)。2008年12月のCT,PETで腫瘍を示唆する所見がなかったため、以後、休薬。(2008年6月の2回の記事とカテゴリーの診察のところに、これまでの経過を書いています。)

2008年3月まで、四国で精神科医をしていた。2008年3月~2009年2月15日、上記のため、休職。2009年2月16日より関西の精神科の病院で勤務を再開。(精神科医として、勤務していた。)

2010年3月、右肺S5,S7に転移、再発を指摘される。同年4月、胸腔鏡下で腫瘍2つを摘出してもらう。同年5月より再度、休職。同月より再発予防目的でXELOX療法を受けていた。オキサリプラチンの投与を受けている時にアレルギー反応が出たため、同年8月以降は、ゼローダのみ内服。同年11月、ゼローダを休薬。(実際は、2011年1月まで内服。)

2011年1月から再び復職。

2013年10月21日のCTで、再発(右肺、肺門部)の所見あり。なお、この時点では、手術出来ないという判断だった。

11月8日より休職。11月19日より、アバスチン+FOLFIRI 開始(2回)。12月17日より、イリノテカン単剤(3回)。

2014年2月13日のCTで、もともとあった転移巣、再発巣の縮小を確認。しかし、イリノテカンの害作用が強く、継続出来ないという判断(合意)の下、ゼローダに変更。一方、2月13日のCTで、再発巣は、リンパ節(肺門部のリンパ節)であり、手術で取れると判断された。

5月7日、右中下葉切除術を受ける。13日、退院。

7月1日から12月1日まで、ゼローダを内服。以後、薬なしで、経過を見ている。

2015年5月10日に退職。(2014年2月以降の詳細は、2015年12月10日の記事をご参照下さい。)

昨日、泌尿器科のクリニックを受診したついでに、警察署に行って来た。

運転免許証を返納して来た。

肺を切ってから、集中力が落ちた事は自覚していた。

この2,3年は、立っていても、ボーっとしている事が多く、「ああ、脳に血が来ていないな。」と感じる事が多かった。

それで、運転免許証を返納する事にした。

運転免許証のみを持参。

手続きの最後に、申請による運転免許の取消通知書という書類を受け取った。

「ああ、そういう事か。」と確認し、帰宅後、ゴミ箱に捨てた。

運転経歴証明書を申請するつもりは無い。

写真を撮ってもらいに行くのも、しんどいし、手持ちの物は少なくしたい。

(身分証明書は、マイナンバーカードで十分だ。)

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2020年5月13日に、精神保健指定証を返納したので、残るは、医師免許証のみ。

これで、だいぶ、スッキリした。