癌との共存を目指しています。
7月前半にも同様のイベントがあったので、今回が2回目。

昨日(10月29日)の日中、赤いおしっこが出た(肉眼的血尿)。

その日の晩は、夜食を摂り、午前2時に就寝したが、午前4時過ぎに目が覚めた。それから、1時間半、右腰背部に、かなり強い痛みが持続した。(厳密には、痛みは強くなったり、弱くなったりしていた。)

(右尿管の)尿路結石かな、と思い、先ほど、泌尿器科のクリニックを受診して来た。

尿管を造影してもらった。(DIP)

右尿管の尿路結石だった。

だいぶ、下の方(膀胱に開口しているところに近いところ)に石はあるようだった。

水をたくさん、飲んで下さい、との事だった。

パンフレットを読むと、夜食がいけないようだ。あと、食後すぐ眠ってしまうのがいけないようだ。

もろに当て嵌まるので、改めようと思う。

なお、大腸を全摘しているので、水分を吸収する能力が落ちている事、水様便を避けるため、ついつい、水を飲む量を減らしてしまっている事が、ベースにあるんだ、と思う。

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【2012/10/30 11:44】 | 自分の体
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私も尿路結石になったことがあります。
レイシー
初めまして。
私は、高校1年の頃、尿路結石になりました。
最初は、水分を多めにとって、体外排出という、治療方針でしたが、結局、内視鏡で取りました。
当時、体外衝撃波で、結石を砕く方法は、それほど、普及していませんでした。
あれから、かなり、時が経過しましたので、体外衝撃波という治療も普及してきたと思います。
京都の、南丹病院の、米田医師は、体外衝撃波に精通しております。


有難うございます。
のっぽ187
レイシーさん

こちらこそ、初めまして。

いろいろと、お教え頂き、有難うございます。

造影検査(DIP)では、石は、だいぶ、下の方にあるみたいなので、水を沢山、飲む、で行ってみようかな、と思っています。

もしかすると、もう、石は膀胱に落ちたかも知れない、と、自分では、思っています。(検査をした訳ではないので、勝手に、そう思っているだけですが。)


上手く、体外排出できると良いですね。
レイシー
コメントに対するお返事、有難うございます。

造影検査では、結石は、下部にあったのですね。
では、水分補給で、体外に排出される可能性が高いですね。
私の時には、上部にあったので、体外排出が難しかったです。
ただ、当時、内視鏡は、相手が男性医師ということもあり、恥ずかしく、夏休みギリギリまで、体外排出の治療方針をお願いしました。
結局は、内視鏡になりましたが。

米田医師は、治療方法を押し付けるのではなく、患者さんの意見も重視し、大変親身になって治療法を考えて下さる方です。

もし、結石以外にも、泌尿器科に関することで、お悩みがありましたら、力になってくれると思います。
私の、最後の記憶では、米田医師は、京都府立医大付属病院から、数年前に、南丹病院に戻られました。

もし、受診される機会があり、その時に、米田医師が南丹病院にいらっしゃらなった
場合、
米田医師と連絡を取り、現在の居場所を教えてもらうことは、可能なので、その時は、遠慮なくおっしゃって下さい。

結石は、無事、自然排出されると良いですね。

これは、余談ですが、
コメントのお返事、blog内容より、
とても、前向きで充実された日々を過ごされていらっしゃるように、感じました。

当たり前だと思っていたものが、奇跡の産物だと知った時、
あらゆる事象が、美しく 儚く 尊いものだと感じられます。

きっと、貴方は、そのことに気づいていらっしゃるのですね。
だからこそ、貴方の心から出た文書は、
美しい。


癌を指摘される前と比べると
のっぽ187
レイシーさん

米田先生の件、有難うございます。

>もし、受診される機会があり、その時に、米田医師が南丹病院にいらっしゃらなった場合、米田医師と連絡を取り、現在の居場所を教えてもらうことは、可能なので、その時は、遠慮なくおっしゃって下さい。

有難うございます。そうします。

文章を褒めて頂き、有難うございます。

癌を指摘される前と比べると、風景が、ありありと感じられるようになりました。以前は、季節の移り変わりなど、気にも留めなかったのですが。

人生を、味わいましょう。
レイシー
のっぽ187さん

私は、文章そのものではなく、
文章を介して伝わる、貴方の心を美しいと思ったのですよ。

>癌を指摘される前と比べると、風景が、ありありと感 じられるようになりました。以前は、季節の移り変わ りなど、気にも留めなかったのですが。

病のため、辛く、苦しい思いをされたことと思います。

実は、私も、癌とは別の病を抱えています。
それなりに、色んなことがありましたが、
私は、自分が不幸だなんて、思ったことは、ないです。
この病のおかげで、私は、人間の残酷さと醜さを知ることができました。
それはつまり、美しさを知ることと同じです。
私は、この世界に産まれてきたことを、幸せに感じています。
残酷で、滑稽で、美しい、この世界に居られることが、とても楽しいのですから。








そうですね。
のっぽ187
レイシーさん

> 私は、文章そのものではなく、文章を介して伝わる、貴方の心を美しいと思ったのですよ。

有難うございます。

まだ、悟る、には、遠いですが、一日一日を大事に過ごしたいな、と思っています。

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いさき。表に2本、裏に2本、包丁で切れ目を入れて、中火より少し弱い目の火で長く(かまの辺りが焦げる位まで)焼くと、良かった。(全ての個所に火が通っていた。)頭にかじりつくと、石のような、小さいけど、堅い骨(だと思う)があった。

潤目鰯。頭と内臓の部分以外は、えごま油を口に含んでから、食べた。いつもの事ながら、とても美味しかった。こちらのサイトには、紅海、アフリカ東岸に生息している、と書いてある。ご先祖様も食べていたのかも。

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【2012/10/25 02:00】 | 食べ物、料理
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自分は、いつ死ぬか分からない、という事を忘れないようにする事ですね。

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【2012/10/13 17:03】 | メモ
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最後に残るもの
カノン
のっぽ先生、普段から死を忘れずにいるということは、とても難しいことですが、本当に大切なことですね。

以前、感銘を受けて、メモしておいたマハトマ・ガンジーの言葉があります。

Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever.
明日死ぬかのように生きなさい。
永遠に生きるかのように学びなさい。

すごい言葉だなあ、と思って書き留めました。
ただ、最近思うのは、病気で体調が悪くなった時、こういった感動した言葉の数々は、実際に自分を支えてくれるのだろうか、ということです。
身体がつらい時は、目の前の1分1秒に向き合うことに精一杯で、言葉は単に綺麗事として、空しく響くのではないか、などと考えたりします。

それでも、もしかしたら、苦しくて感情が動かなくなった時に、日頃、感動した経験が、救いになるかもしれない、という希望も抱いたりします。

のっぽ先生が、書き留めてくださった、重い一行をきっかけに、日常ではあまり考えないことを考えることができて、感謝しています。

久しぶりに、思い返しました。
のっぽ187
カノンさん

最近、調子がいいので、癌である事を忘れてしまいます。(それ自体は、いい事だ、と思うのですが。)

良く言えば、ゆったり過ごしているのですが、悪く言えば、緊張感がないな、と思います。

「これが最後かも知れない。」というのが、あまり感じられなくなりました。

一つ前に勤めていた病院に、2008年の夏に荷物を取りに行ったのですが、その時は、「ここに来るのは、そして、この人達と会うのは、これで最後かも知れない。」と思いました。車の窓から見えた景色は、今も鮮明に覚えています。

しかし、最近は、そういった感覚が無くなりました。通常モードに戻っただけ、と言えば、それだけなのですが。

仕事についても、株式投資についても、数年先を見通して、考えるようになりました。(いい事なのですが。)

ただ、再発して、手術が出来なければ、そこから、2年位という統計を見た事がありますし、その事を忘れずに、と思い、職場のパソコンから書き込みました。

===

病気で体調が悪くなった時(例えば、2008年5月末に下血し、救急で受診し、そのまま、入院した時)は、「生きる!」の一点で思考が占められていました。(多分、遺伝子に、そう刻み込まれているのでしょう。)

一方、そういった言葉が虚しく響いたのは、体調そのものは、あまりどうという事はなかったのに(軽度のHbの低下はありましたが)、肺に転移している、大腸にポリープが90個か100個位ある、言われた時と、言われてから手術を受けるまで、でした。

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僕の記憶の限りでは
のっぽ187
10月26日にコメントをしてくれた方へ

>お元気でいて下さる事がなによりもの励みになります。

有難うございます。

2008年3月中旬にCTを撮ってもらいました。右肺に3か所、左肺に1か所(だったと思います)、転移巣と思われる物を指摘されました。思われる、と書いたのは、転移巣かどうかは、手術で、そこの組織(細胞の塊)を取って来て、顕微鏡で見ないと分からない(癌なのかどうか分からない)からです。

ただ、CTを見た限りでは、(一応、僕も医者の端くれですし、)転移巣だ、と思いました。

2008年3月26日に、直腸癌と大腸の全てを取ってもらいました。また、手術中に超音波検査(エコーを当ててもらった)をしてもらったところ、肝臓に2つ、腫瘍が見つかりました。(3月中旬に撮ったCTには、写っていなかった。)それら2つも、取ってもらいました。しかし、胸は開けず仕舞いでした。(もともと、お腹しか開けない、と聞いていました。)

2008年4月から(術後2週間位してから)、FOLFOX(4だったと思う、4か6か忘れた)を開始しました。

開腹手術の後、その入院中に2回(4月中旬と下旬に)、FOLFOXを標準的な用量(薬の量)で、受けました。

その後、実家のある大阪府に帰りました。3回目以降は、実家から通える病院で、受けました。

その病院で、5月、9月、12月とCT検査を受けたのですが、12月のCTでは、肺の転移巣は消えていました。明らかな転移は見られない、という趣旨の事が、所見のところに書いてあったと思います。また、主治医の説明も、そうでした。12月にCTを撮った後で(結果が出てから)、PETを撮ってもらいました。そこでも、明らかな集積は見られない、という趣旨の事が、所見のところに書かれていた、と思います。(集積が見られない。→放射性の物質を沢山、取り込んだ所見は無い。→明らかな転移は見られない。)

一方、5月と9月のCTの結果は、はっきりしませんでした。(直径5mm位より小さい物は、CTでは、腫瘍なのか、他の物なのか<古い炎症の痕とか>、はっきり分からない。)

ただ、5月のCTの後で、PETを撮ってもらったのですが、その時すでに、明らかな腫瘍は指摘されなかった、と思います。はっきりしない、という結果だったと思います。(きちんと憶えていないです。)

なので、初めの2回で見えなくなったのか、計14回のFOLFOXを受けたところ、見えなくなったのかは、分からないです。ただ、初めの2回で、それなりに効いた、もしくは、かなり効いたのではないか、と思っています。(計14回で、かなり効いた、とは言える、と思います。)

2010年4月に肺の転移巣2つを取ってもらったのですが、事後的に見ると、2009年6月のCTで、腫瘍は写っていました。2010年3月のCTで写っていた箇所と同じところに、腫瘍は写っていました。

この2つの腫瘍が、見えなくなった物が、また大きくなって見えるようになった物なのか、そうではなくて、別の物なのかは、正確には判断の仕様がないのですが、2008年3月のCTで指摘された箇所と近いので(僕の記憶が曖昧なので、100%、そうとは言えないのですが、2008年3月に指摘された腫瘍の中で一番大きな物があったところに再発していたので、同じ物だ、と考えています)、同じ物だ(見えなくなっていた物が、また大きくなって見えるようになった)、と考えています。

なお、2010年4月の手術で取ってもらった腫瘍を顕微鏡で見たところ、腺癌だったので(大腸癌は通常、腺癌で、僕の直腸癌も腺癌)、直腸癌の転移と考えています。(主治医の説明も、そうでした。)

だから、現時点でのアセスメント(評価)としては、FOLFOXで、右肺に3つ、左肺に1つあった転移巣は、CT,PET上、見えなくなった。しかし、抗癌剤なしで経過を観察していたところ、そのうちの2つ(右肺の2つ)が大きくなり、また、CTに写るようになった。

以上のように考えています。

なお、2008年3月に撮ってもらったCTで写っていた転移巣のうち、一番大きな物(右肺に写っていた物)は、直径6.4mmでした。

追記。2012年10月31日に、一部、加筆修正をしています。

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どう致しまして
のっぽ187
11月7日にコメントをしてくれた方へ

僕の場合、FOLFOXは効いたのではないか、と思っています。(FOLFOXが効いたのではなくて、実家での食事が良かった可能性もありますが、それだと、2010年3月に見られた、右肺での再発は何なんだ、という事になるか、と思います。)

良好な経過をたどる事を、心より願っています。

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最近、このブログは、メモ帳代わりになっています。御容赦下さい。

御昼御飯と晩御飯の間で食べた物。

真鯵の開き2枚(140g)、プロセスチーズ1切れ(10g)、食塩不使用バター40g+花鰹20g、ハタハタを干した物4尾(100g)、納豆40g+ねぎ10g、生鮭の粗3切れ(120g)、エゴマ油30g+花鰹20g、トマト1個、緑茶200ml、なお真鯵の開きは、頭、背骨、尾っぽも食べた。

体重は、64.5kgだった(昨晩か、一昨日の晩に量った)。

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【2012/10/08 16:43】 | 食べ物、料理
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今日(10月5日)は、秋刀魚開き3枚(290g)、似鱚(ニギス)3匹(75g)、目玉焼き1つ、納豆2パック(90g)、花鰹 30g位、鱧(ハモ)の湯引き、ハマチの刺身、枝豆100g(豆そのものは、50g位か)、真鯵(マアジ)の開き2枚(140g)、ちりめんじゃこ(いわし)50g、エゴマ油20g、バター50gを食べた。(野菜、果物は略。)

魚は、鱧(ハモ)以外、背骨や頭も皆、食べているので、この重さの通り、摂っている。

右手の親指と人差し指の間に皮膚炎が出来ている。右手の人差し指と中指の間にも皮膚炎が出来ている。親指と人差し指の間の分の方が、その程度は強い。

今、手を見ると、皮膚炎の程度が軽くなっている。

もしかすると、食べている物(牛乳、バター、卵辺りか)と関係しているのかも知れない。

===

10月8日、追記。牛乳、バター、卵を摂り過ぎると、皮膚炎が悪化する、摂る量を少なくすると、皮膚炎の程度が軽くなるのかも知れない、と考えて、最後の一文を書きました。

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【2012/10/06 04:00】 | 食べ物、料理
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今朝は、茹でたほうれん草に花鰹とオリーブ油を掛けて食べた。すごく美味しかった。

ほうれん草は、半袋、オリーブ油は、大匙1杯(15ml)。

オリーブ油の比重を0.9とすると、15×0.9=13.5(g)

オリーブ油に含まれるリノール酸は、100g中、6.6gなので(食品成分データベースより)、大匙1杯、15ml(13.5g)中には、6.6×0.135=0.891(g)、含まれる。

十分、許容出来る範囲だと考えた。

ちなみに、今朝は、ここまで、下痢はしていない。

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【2012/10/04 09:48】 | 食べ物、料理
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午前11時50分から午後0時18分まで、上半身裸で日光浴をした。日に当たった瞬間、「ああ、身体は、太陽を求めていたんだな、」と直感した。

「親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る 」(島泰三著)で、ケニア北部からエチオピアで多くの人類化石が出土している、と書かれている。(p253)

僕の先祖は、恐らく、この辺りに長く住んでいたんだろう。

なお、エチオピア高原は、意外と住みやすいところであるようで、「標高2400m以上は冷涼な気候となり、平均気温は16℃である。エチオピア高原は降水量が多く、年間降雨量は1200mmを超す。」と、エチオピア-Wikipedia には、書かれている。

とにかく、日光浴は、とても気持ち良かった。

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【2012/10/04 00:48】 | 日記
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親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る (中公新書)親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る (中公新書)
島 泰三

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を読んでいる。

初期人類の主食は何か、が知りたくて、この本を読んでいる。

骨、骨髄を食べていた、と書かれている。

p200より抜粋。

私もケニアのマサイマラ動物保護区で、そこここに放置されたシマウマやヌーの骨格を見た。ライオンが食べ、ハイエナが横取りし、ハゲワシが残りをあさっても、頭と大きな骨は毛皮や少しの肉といっしょに残っている。アフリカのサバンナでは、ボーン・ハンティングは十分成り立つ生業なのである。(抜粋終わり。)

ボーン・ハンティング(骨猟)の対象は、大型肉食獣が食べてしまった残り物である、という。

僕は、島先生の説は正しい、と思う。どうして、骨猟をしていた、と考えられるのか、については、この本で、十二分な説明がなされている。

自分が、何を主に食べたら良いか、について、この本は、大きな示唆を与えてくれた。

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【2012/10/02 00:22】 | 読書
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初期人類の主食
カノン
のっぽ先生、ご紹介いただきましたこの本、読んでみました。
種の分類とか、分岐とか、人類学って複雑で難しいものですね。

今まで、初期人類の主食は何か?といったことに、まるで関心がなかったものですから、ポルシュネフが提唱して、著者が賛同している、ボーン・ハンティング(骨猟)仮説は、かなり衝撃的でした。
骨自体をそのままかじることは、固すぎて不可能なので、骨を石で割って、骨髄を食べて栄養を摂っていたのではないか、常時石を持つことによって二足歩行になり、石をしっかり押さえるために親指が太くなったのではないか、というのが、島先生の仮説ですね。

p202とp249をまとめますと、
骨の栄養(=脂肪の塊である骨髄)+果実+葉=高いカロリーのバランスのとれた栄養豊かな食事
ということになるのではないでしょうか。

この仮説で、結構高いハードルは、「骨を噛む祖先をイメージすることはおぞましい」(p199)という、生理的嫌悪感のように思います。それと、どのような世界でもあって残念なことですが、本流から外れた在野の研究者という島先生のお立場も影響しているかもしれません。

オリーブ油は、その後もお腹をこわしたりなさいませんでしたか。
結局、私にはオリーブ油とエゴマ油の味の違いがわかりませんでした。
きっと、のっぽ先生の味覚は、研ぎ澄まされてきているのだ、と思います。

何を食べたら、いいのだろう。
のっぽ187
カノンさん

読んで下さって、有難うございます。

僕も、種の分類や分岐のところは、あまり興味が湧かなかったので、ちゃんと読まずに済ましました。(要は、よく分からなかった、という事です。)

あれこれ自分で考えてみたところ、今の僕達の遺伝子が形作られた頃に食べられていた物を食べるのが一番、安全なのではないか、ベストなのではないか、という結論に至りました。(今のところ、そう考えているだけで、また、考えが変わりそうですが。)

そう考えると、初期人類が何を食べていたか、100年、200年という短いスパンではなくて、数十万年、数百万年という長いスパンで何を食べていたか、を知りたい、と思うようになりました。

僕は、結構、おぞましい物を食べていたのではないか、と想像していたので、草食動物(哺乳類の)の骨を食べていた、というところを読んで、「案外、全うな物を食べていたのだな。」と思いました。

多分、医学教育を受ける中で(人の死体を解剖したり、とか)、そういった幻想が無くなったのではないか、と思います。

>骨の栄養(=脂肪の塊である骨髄)+果実+葉=高いカロリーのバランスのとれた栄養豊かな食事ということになるのではないでしょうか。

僕も、ここがポイントだと思いました。

牛の骨、豚の骨、鶏の骨は、蛋白質と脂質の比が、ほぼ、1:1で、かつ、豚の肩の肉に比べて、カルシウムを多く(桁違いに多く)、含んでいます。(今、手元に本がないので、記憶で書いています。誤っていたら、すみません。)

そう考えると、10代の頃、白い御飯や食パンを食べまくっていたのは、身体に合わない事をしていたんだろうな、と思いますし、(健康な高齢者が)寿命を延ばす事に関して、牛乳が良い、という意見があるのは、(「ここがおかしい 日本人の栄養の常識 -データでわかる本当に正しい栄養の科学」柴田博著、技術評論社、に書かれています。)人類は、かつて、大量にカルシウムを摂っていたという事や、牛が作る脂質や蛋白質を摂っていたという事に、繋がるのではないか、と考えています。(あくまで、個人的にそう考えているだけですが。)

もちろん、牛の骨を構成する蛋白質、脂質と、牛が自分の赤ちゃんのために作る蛋白質、脂質が同じ成分か、と言われると、困ってしまいますし、当時の牛と、僕らが摂っている牛乳を作っている牛が同じ物か、と言われると、ある程度は違うのではないか(少なくとも、食べている物は、全然、違う)、と思います。

果実は、僕も好きなので、食べまくりたいところなのですが、現在、僕らが口にしている果物は、かなり品種改良された物だと思うので、当時の人類が食べていた物とイコールではない、と思っています。(残念なのですが。)

葉物の野菜は、その点、比較的、安全性が高いのではないか、と考えています。(個人的に、かつ、感覚的に、そう思っているだけですが。)

あと、根菜で糖質を比較的、多く含む物(人参、南瓜、薩摩芋)が、どうなのかな、と考えているのですが、今のところ、答えが出ないので、もう少し考えてみる事にします。

オリーブ油は、少なくとも、熱を加えずに使う分には、下痢する事無く、行けています。

熱で、油が過酸化するからかな、と思っていたのですが、もしかすると、食べる物が変わって、腸内細菌叢も、それに伴って、変わったのかも知れない、と最近は考えています。

人の身体は、ほんと、奥が深いです。

糖質を制限するようになって、味覚については、以前に比べて、明らかに敏感になったと思います。

以前は、油の味など、考えた事もなかったのですが。

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