癌との共存を目指しています。
直腸癌であることを告げられ、一番、最初に頭をよぎったのは、「とにかく人工肛門にならないように。」ということでした。実家(大阪)に帰るという選択肢もありましたが、知人から「香川県立中央病院に肛門の手前ギリギリのところで直腸を切除できる、手術のうまい先生がいる。」と聞いて、同院を選びました。

3月7日、香川県立中央病院初診。
3月13日に大腸ファイバーを受けました。この時、「大腸全体で100以上のポリープがある、これらは早晩、癌化する可能性が高い。」と説明を受けました。診断は直腸癌に加えて、大腸ポリポーシスもある、とのことでした。術式は、根治性を考え、大腸全摘術を選びました。

3月24日、香川県立中央病院入院。26日、手術。大腸全摘術が施行されました。術前のCTで存在が疑われていたのですが、リンパ節転移が見られ、広範なリンパ節郭晴が行われました。また、術前のCTでは写っていなかったのですが、術中超音波で肝臓に2箇所転移巣がありました。S5,S8 と幸い取りやすいところだったので、肝切除術が行われました。
肉眼的には腹腔内にある癌は全て取り切った、とのことだったのですが、目に見えないレベルでは恐らく癌細胞は体内に残っているだろう、ということで4月15日から化学療法(FOLFOX)が開始されています。

なお、僕の小腸は腸間膜が長く十分に伸展することが出来たので、人工肛門は免れました。しかし、骨盤腔内のリンパ節を郭晴する際、膀胱を支配する神経を傷つけたらしく、術後、自尿がなく、現在も1日に4,5回、自己導尿を行っています。

僕の受けている化学療法は、48時間の抗癌剤の持続静注(頻繁に静脈注射をするため、左鎖骨下静脈にリザーバーが埋め込まれています。)を2週間おきに行うというものです。そのため、入院中、4月15日~17日、4月29日~5月1日と2回、抗癌剤の持続静注を受けました。
なお、抗癌剤の持続静注を受けている48時間とその後の1日、2日は食欲が落ちます。僕は生まれてこの方、食欲がない、ということが殆どなかったので、使用している抗癌剤の副作用というのはなかなかのものだと思います。まあ、逆を言うと、14日中、10日は食欲が保たれているのですが。

5月1日、香川県立中央病院を退院。そのまま、大阪の実家に帰りました。
5月12日、香川県立中央病院からの紹介状を持って、A病院を初診しました。大腸の手術件数が多かったこと、実家からそれ程、遠くないことから、同院を選びました。
5月14日~16日、3回目の抗癌剤投与。
5月29日が4回目の抗癌剤投与の予定だったのですが、白血球が少なく(2600)、投与中止。
5月29日夜、下血。翌30日朝も下血していたので、A病院を受診。即日、入院となりました。
5月31日、6月1日と1日400ccずつ(計800cc)の輸血を受けました。なお、輸血直前のHbは6.0でした。
6月3日の大腸ファイバーで、肛門管と回腸末端の吻合部の縫い目に沿ったところと回腸嚢(パウチと呼ばれています。回腸末端部をJの字にループさせて水分の吸収をよくしようというものです。)の縫合部に潰瘍が出来ているのが見つかりました。抗癌剤の5-FUの副作用で、消化管の粘膜が障害され、吻合部に潰瘍が出来たのだろう、とのことでした。なお、白血球減少も5-FUの副作用とのことでした。
6月4日から食事が開始となりました。その後、目立った出血がなかったため、6月7日退院。
6月24日~26日、4回目の抗癌剤が投与されました。用量を25%減らしての使用でした。

以上がこれまでの経過です。(ふう~、疲れた。)

病気のことばかり書いていると、疲れてしまうので、次からは、日常生活、関心事、趣味などについても触れていく予定です。

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【2008/06/29 17:17】 | 自分の体
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書こう書こうと思いながら、2日、3日、1週間と時間が過ぎていった。今日は体調が良いので、こうして、パソコンに向かい、文章を書くことが出来る。
私、のっぽ187は、1972年生まれで現在35歳の男性である。職業は医師である。(内科医、外科医ではありません。)
平成19年6,7月頃から便に血が付くことがあったのだが、「痔かな。」と思い、そのままにしていた。平成19年11月頃には、便に行く回数が多くなり、1日5,6回行くようになっていた。しかし、もともと便に行く回数は多い方(1日に1,2回は必ず排便していた。)で軟便傾向にもあったため、特に問題ないと考え、そのままにしていた。なお、この頃から血便が目に付くようになった。
年が明け、平成20年2月頃から「ちょっと、これはおかしいな。」と思うようになった。同じ職場の人に「痔でいい病院、医院はないですか。」と聞き、3月1日(土)、職場の人に教えてもらったO外科内科という医院を初診した。
初診時、肛門鏡で肛門、直腸下部を覗くと、O先生は「これは痔じゃないですね。」と言われた。その日のうちに浣腸を行い、大腸ファイバーを受けた。
大腸ファイバー後、O先生は「肛門から6cmのところに(直腸の)全周の1/2から1/3位の大きさを持つ潰瘍がありますね。」と言われた。大腸ファイバーを大腸内に入れた時に撮った写真が、自分が昔、勉強した時に見た胃癌の写真に似ていたので、「もしかして(癌かもしれない)。」と思った。後、潰瘍周辺に4,5個のポリープが写っていた。「この年(35歳)で、一視野にこんなにポリープがたくさんあるのか。」とも思った。そうは思いたくはなかったが、自分の医師としての客観的な直感は「自分は直腸癌かもしれない。」であった。
3月2日(日)、夕方5時から当直であった。前任の(夕方5時まで日直をしていた)先生に1日の受診結果を報告したところ、「若い人は(癌の)進行が速いからね。」と言われた。事実そうであるだけに返事に窮してしまった。
3月3~5日は普通に仕事をこなし、6日、O外科内科を再診。1日に大腸ファイバーを施行した際、潰瘍部から生検を行っていたのだが、そこから癌細胞が検出された、と言う。「直腸癌です。」と言われた。
この時から、私の新しい「旅」が始まった。

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【2008/06/26 17:42】 | 自分の体
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人生
Ito
初ブログ投稿、お疲れ様です。不特定多数の方に向けて文章を書くのって、少し疲れませんか?

『新しい「旅」の始まり』というタイトル、いろいろ考えさせられます。この数日体調が悪く、あの病気になって以来、自分の身に起こったことを思い出してしまいます。

人生、自分が思っているよりいろいろなことがあるということ、そしてそれを受け入れることがいかに難しいかということを日々感じています。

新しい「旅」
のっぽ187
当ブログにいらして頂き、有難うございます。

不特定多数の人に向けて文章を書くということが初めてだったので、少し書きにくかったですね。結果、少し疲れてしまいました。

癌になると、殆どのケースでそれまでに比べると辛いことが多くなると思います。しかし、「辛い。辛い。」と言うことが癌の消退にプラスに働くとは考えられていません。一方、前向きであることや積極的であることは、癌の抑制に対しプラスに働くと考えられています。
そのこともあって、初回のエントリーは、新しい「旅」の始まり、としました。

お時間のある時で結構ですので、時々、いらして頂けると幸いです。

主人の病状
レオン
主人がS状結腸癌肝肺転移の告知されて半年が過ぎて私が治すといった気持ちで生活してます。私の出来る範囲内で学習する上で参考になり近日中に梅澤充先生に相談の予約をする予定です。ブログに感謝です。

初めまして
のっぽ187
レオンさん

初めまして。

お役に立てて、嬉しいです。

最近、時々考えるのですが、「その場その場で、<恐らく、これがベストだろう。>と考えることをしていく。これに尽きるのではないか。」と。

「これで間違いない。」というものは、なかなか無いと思うのですが、「こうした方がいいだろう。」を積み重ねて行きたいな、と思う今日この頃です。

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