癌との共存を目指しています。
たまには、読んだ本の事など。

がんが自然に治る生き方――余命宣告から「劇的な寛解」に至った人たちが実践している9つのことがんが自然に治る生き方――余命宣告から「劇的な寛解」に至った人たちが実践している9つのこと
ケリー・ターナー 長田美穂

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膵臓がんサバイバーを読んでいると、お勧めの本に、この本が載っていた。題名を見て、すぐ買う事にした。(私も、劇的な寛解がしたいから。)

結論から言うと、「がんに効く生活」(ダヴィド・S.シュレベール著)を持っていれば、それで十分ではないか(それで十分、カバー出来るのではないか)、と思う。

書いてある事は、かなり「がんに効く生活」と重複していると思うし、科学的根拠に則った記載という点では、「がんに効く生活」の方が、より丁寧に書かれていると思う。(私は男性で、シュレベールも男性。一方、ケリー・ターナーは女性。性別の差が、脳の構造の差、文章の差となって、現れているのかも知れない。)

===

唐突なのだが、この本を読んで、「自分は、あまり劇的な寛解、しそうにないな。」と感じた。地道に、一つひとつ、するべき事をして行って、その結果、寿命が延びた、元気でいられる時間が長くなった、これを目指すべきではないか、引き続き、この路線で行くべきではないか、と思った。

その意味では、読んだ事は、悪くなかった、と思う。

【2015/11/08 23:27】 | 読書
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親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る (中公新書)親指はなぜ太いのか―直立二足歩行の起原に迫る (中公新書)
島 泰三

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を読んでいる。

初期人類の主食は何か、が知りたくて、この本を読んでいる。

骨、骨髄を食べていた、と書かれている。

p200より抜粋。

私もケニアのマサイマラ動物保護区で、そこここに放置されたシマウマやヌーの骨格を見た。ライオンが食べ、ハイエナが横取りし、ハゲワシが残りをあさっても、頭と大きな骨は毛皮や少しの肉といっしょに残っている。アフリカのサバンナでは、ボーン・ハンティングは十分成り立つ生業なのである。(抜粋終わり。)

ボーン・ハンティング(骨猟)の対象は、大型肉食獣が食べてしまった残り物である、という。

僕は、島先生の説は正しい、と思う。どうして、骨猟をしていた、と考えられるのか、については、この本で、十二分な説明がなされている。

自分が、何を主に食べたら良いか、について、この本は、大きな示唆を与えてくれた。

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【2012/10/02 00:22】 | 読書
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初期人類の主食
カノン
のっぽ先生、ご紹介いただきましたこの本、読んでみました。
種の分類とか、分岐とか、人類学って複雑で難しいものですね。

今まで、初期人類の主食は何か?といったことに、まるで関心がなかったものですから、ポルシュネフが提唱して、著者が賛同している、ボーン・ハンティング(骨猟)仮説は、かなり衝撃的でした。
骨自体をそのままかじることは、固すぎて不可能なので、骨を石で割って、骨髄を食べて栄養を摂っていたのではないか、常時石を持つことによって二足歩行になり、石をしっかり押さえるために親指が太くなったのではないか、というのが、島先生の仮説ですね。

p202とp249をまとめますと、
骨の栄養(=脂肪の塊である骨髄)+果実+葉=高いカロリーのバランスのとれた栄養豊かな食事
ということになるのではないでしょうか。

この仮説で、結構高いハードルは、「骨を噛む祖先をイメージすることはおぞましい」(p199)という、生理的嫌悪感のように思います。それと、どのような世界でもあって残念なことですが、本流から外れた在野の研究者という島先生のお立場も影響しているかもしれません。

オリーブ油は、その後もお腹をこわしたりなさいませんでしたか。
結局、私にはオリーブ油とエゴマ油の味の違いがわかりませんでした。
きっと、のっぽ先生の味覚は、研ぎ澄まされてきているのだ、と思います。

何を食べたら、いいのだろう。
のっぽ187
カノンさん

読んで下さって、有難うございます。

僕も、種の分類や分岐のところは、あまり興味が湧かなかったので、ちゃんと読まずに済ましました。(要は、よく分からなかった、という事です。)

あれこれ自分で考えてみたところ、今の僕達の遺伝子が形作られた頃に食べられていた物を食べるのが一番、安全なのではないか、ベストなのではないか、という結論に至りました。(今のところ、そう考えているだけで、また、考えが変わりそうですが。)

そう考えると、初期人類が何を食べていたか、100年、200年という短いスパンではなくて、数十万年、数百万年という長いスパンで何を食べていたか、を知りたい、と思うようになりました。

僕は、結構、おぞましい物を食べていたのではないか、と想像していたので、草食動物(哺乳類の)の骨を食べていた、というところを読んで、「案外、全うな物を食べていたのだな。」と思いました。

多分、医学教育を受ける中で(人の死体を解剖したり、とか)、そういった幻想が無くなったのではないか、と思います。

>骨の栄養(=脂肪の塊である骨髄)+果実+葉=高いカロリーのバランスのとれた栄養豊かな食事ということになるのではないでしょうか。

僕も、ここがポイントだと思いました。

牛の骨、豚の骨、鶏の骨は、蛋白質と脂質の比が、ほぼ、1:1で、かつ、豚の肩の肉に比べて、カルシウムを多く(桁違いに多く)、含んでいます。(今、手元に本がないので、記憶で書いています。誤っていたら、すみません。)

そう考えると、10代の頃、白い御飯や食パンを食べまくっていたのは、身体に合わない事をしていたんだろうな、と思いますし、(健康な高齢者が)寿命を延ばす事に関して、牛乳が良い、という意見があるのは、(「ここがおかしい 日本人の栄養の常識 -データでわかる本当に正しい栄養の科学」柴田博著、技術評論社、に書かれています。)人類は、かつて、大量にカルシウムを摂っていたという事や、牛が作る脂質や蛋白質を摂っていたという事に、繋がるのではないか、と考えています。(あくまで、個人的にそう考えているだけですが。)

もちろん、牛の骨を構成する蛋白質、脂質と、牛が自分の赤ちゃんのために作る蛋白質、脂質が同じ成分か、と言われると、困ってしまいますし、当時の牛と、僕らが摂っている牛乳を作っている牛が同じ物か、と言われると、ある程度は違うのではないか(少なくとも、食べている物は、全然、違う)、と思います。

果実は、僕も好きなので、食べまくりたいところなのですが、現在、僕らが口にしている果物は、かなり品種改良された物だと思うので、当時の人類が食べていた物とイコールではない、と思っています。(残念なのですが。)

葉物の野菜は、その点、比較的、安全性が高いのではないか、と考えています。(個人的に、かつ、感覚的に、そう思っているだけですが。)

あと、根菜で糖質を比較的、多く含む物(人参、南瓜、薩摩芋)が、どうなのかな、と考えているのですが、今のところ、答えが出ないので、もう少し考えてみる事にします。

オリーブ油は、少なくとも、熱を加えずに使う分には、下痢する事無く、行けています。

熱で、油が過酸化するからかな、と思っていたのですが、もしかすると、食べる物が変わって、腸内細菌叢も、それに伴って、変わったのかも知れない、と最近は考えています。

人の身体は、ほんと、奥が深いです。

糖質を制限するようになって、味覚については、以前に比べて、明らかに敏感になったと思います。

以前は、油の味など、考えた事もなかったのですが。

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現代語訳は、「徒然草(二)全訳注」(三木紀人著、講談社学術文庫)をベースにして、僕が自分の解釈を加え、訳しました。

徒然草、第七十四段 蟻のごとくに集まりて

蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る。高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。

身を養ひて、何事をか待つ。期する処、ただ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理(ことわり)を知らねばなり。

(現代語訳)蟻の如く集まって、東西に急ぎ、南北に走る。身分の高い人もいる、低い人もいる。年を取った人もいる、若い人もいる。それぞれ、行く所と帰る家を持っている。日が暮れれば寝、朝になると起きる。このような生の営みは何事だろうか。長く生きられる事を願い、利益を求め、それらは留まるところを知らない。

身体を大事にして、何を待つというのか。待ち受けるのは、ただ、老いと死のみだ。その来る事は速やかで、一時も留まる事がない。これを待つ間、何の楽しみがあるのだろうか。惑える者は、これを恐れない。彼らは名誉や利益に溺れて、死が近い事をかえりみないからである。愚かな人は、これ(死が近い事)を悲しむ。この世にずっと居たいと思って(この世にずっと居られると思って、の方がしっくり来る)、変化の理(どんな生き物もこの世にずっと居ることは出来ないという事)を知らないからだ。(現代語訳終わり)

最近、徒然草を読んでいる(もちろん、現代語訳と併せて)。この段の最後の一文「常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。」を読んで、はっとした。この世にずっと居たいと思って、もしくは居られると思って、だけど、自分は、いずれ居なくなる・・・そうなんだ、と改めて思った。

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【2011/10/31 20:28】 | 読書
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はじめまして。
rena
はじめてコメントさせていただきます。

のっぽさんのお人柄が伝わってくるような文章がとても好きです。私の勤務先の病院にものっぽさんのようなDr.がいたらいいのになぁと思います。

徒然草ですが、高校生の時以来読んでいません。今読むと当時より学ぶことがたくさんあるのでしょうね。

確かに、自分はいずれ居なくなります。ただ死を待つのではなく毎日を淡々と、でも着実に生きていきたいです。
現実は仕事に追われストレスの溜まる日々ですが。いいストレス解消法を模索中です。


こちらこそ、初めまして。
のっぽ187
rena さん

こちらこそ、初めまして。

文章、ほめて頂けて、とても嬉しいです。

僕も職場では効率よく仕事をすることを第一に考えているので、ブログを書いている時と職場では、別な精神状態にあるのではないか、と思います。それでも、そう言って頂けると、とても嬉しいです。

高校生の頃、古文は、ちんぷんかんぷんでした。ただ、最近、現代語訳とあわせて読むと、はっとする箇所がところどころあって、「こんな内容だったんだ。」と思うことが結構あります。

この段を読んで、色んなことが頭をよぎりましたが、一つには、今の職場や以前、勤めていた職場の人のこと(経営する側の人のことや地位を得た人のこと)が頭をよぎりました。

>現実は仕事に追われストレスの溜まる日々ですが。

仕事を一所懸命することは、とても価値があることだ、と思います。ただ、徒然草を読んでいると、著者の吉田兼好は、「自分の時間は限られている。だから、自分を大事にした方がいいよ。」と言っているのではないか、と思います。(自分を大事にする、イコール、世をのがれる、という感覚には、ある程度、年を重ねないと、ならないかな、と思いますが。それに、僕らは、食べて行くために働かないといけないですし。)

灯火親しむべし
カノン
のっぽ先生は、「ひとりともしびのもとに」(第十三段)のご心境だったのですね。

ひとりともしびのもとに文を広げて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる。

今の時代は、楽しく場を盛り上げたり、(広く浅く)友達をたくさん作るといったコミュニケーション能力が、過大に評価されることが多いように感じます。
でも、兼好法師は、ひとりで深く考えることの価値を、いろいろな段で説いていますね。

のっぽ先生がご紹介くださいました第七十四段に続く、第七十五段「つれづれわぶる人は」にも、俗世を離れて心を安らかにすることの大切さが書かれています。

いまだまことの道を知らずとも、縁を離れて身を静かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。
(まだ仏の道を知らなくても、俗界の環境から脱して身を静かにし、世事に関係しないで心を安らかにすることこそ、まず楽しむともいうことができよう。)

『ただひとりある』、ここに兼好の理想があります。
俗事を離れて、心を安定させれば、その状態から、他にとらわれない自己本来の心に基づいた判断や行動や生き方が可能になってくる、ということだそうです。

今日は、依頼された相続税申告の提出期限で、やっと提出が終わりました。でも、土壇場で揉めて、「もっともらえる財産があったはずなのに、騙し討ちにあったみたい」(by 院長夫人)といった言葉まで聞かされて、最近凹んでいました。
そんな中で読んだ、第百四十段「身死して財残ることは」は、なんだか現状にドンピシャで、おもしろくて笑ってしまいました。

「われこそ得め。」など言ふものどもありて、跡に争ひたる、さま悪し。
(「(それは)当然私がもらうべきだ。」などという人々がいて、死後に争っているのは、みっともない。)

日常生活に必要な品以外はなにも持たないで暮らしたいものだ、という兼好法師の好む生き方は、徒然草を読む前にもかかわらず、のっぽ先生の身の処し方と合致していて、すごいなあ、と思います。

久々に、高校と時の古文の参考書を繙き、あちこち読むうちに、長い書き込みになってしまいました。
のっぽ先生は、なぜ急に徒然草を読んでみようと思われたのでしょうか。

そうですね、のっぽ先生に申し上げたいことと言いますと、「もうちょっと、俗世に戻っておいでよ。」でしょうか(笑)。

最近の自分
のっぽ187
カノンさん

最近、読んだ本の中では、「人生を〈半分〉降りる、哲学的生き方のすすめ」(中島義道著、筑摩書房)が当たりでした。この本には、徒然草からの引用が幾つかあり、それを読んで、「ああ、徒然草って、こんな事が書いてあったんだ。」と思いました。それで、徒然草(一)~(四)全訳注を買いました。(古本で、ですが。)

もともと、自分がいなくなった後には、何も残らないのが良い、という考えだったので、兼好法師の言っている事は、僕にとって、とてもしっくり来るものでした。

●●●

最近、僕は、自分がとても感情的である事に気付きました。ほぼ毎日、どちらかの親に対して腹を立てています。少なくとも、現行の生活では、一人でいる時間が、僕には必要です。(親と一緒にいるのは、食事の時だけで、それ以外の時は、一人で自宅にいるのですが。)

●●●  

ブログを書くに当たって、勤務先の事は、なかなか書きにくいですし(自分がどこの誰であるか知られる可能性は十分あると考えています)、意見が分かれるような事も書きにくいなあ、と考えています。(株式投資の事とか。)

ある事にとても詳しいので、それについて、ブログに記事を書いて、皆に知らせる、といった事も僕には出来ないですし、「気楽に書ける事が、なかなか、ないな。」というのが正直なところです。

あと、職場にいるか、自宅もしくは実家にいるか、といった生活をしているので、どこどこへ行った、といった記事も書けないです。(そういう生活を望んで、しているのですが。)

●●●

もともと、一つひとつの事を(一人で)じっくり考えるのが好きなので、こういったライフスタイルになりました。

●●●

自分のブログを読み返しますと、昨年は、10月下旬に、うつ的(depressive)になっています。日照時間が短くなる事で、気分に何らかの影響が出ているのかも知れません。

●●●

相続の話で、いつも思うのは、「もともと、自分のお金でないのだから、それに対して、腹を立てるのは、どうかなあ。」という事です。

そう考えると、親が子に残すべきものは、教育なのでしょう。個人的には、学歴や資格といった狭い範囲のものだけではなく、世間知を伝える事が出来れば理想的だと思うのですが。

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昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)昭和16年夏の敗戦 (中公文庫)
猪瀬 直樹

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日本は、負けることが分かっていて、日米開戦に及んだ。それを知って、僕は少し驚いた。

よく考えてみると、勝てると思って開戦するか、負けると分かっていて開戦に及ぶか、の二つに一つだから、そう驚くことではないのだが、負けることが分かっていて、開戦に及んだ、というのは、やはり驚きだった。

70年前の指導層が、こういった決断を下しているのだが、恐らく、今も、将来も、そうは変わらないのではないか。僕は、そう思う。

主人公が30歳代の男性であることから、ある程度、感情を移入して読むことが出来た。

あと、東条英機の実像にかなり迫れているところが良かった。(僕は、そう思った。)

僕にとって、今後の人生の道標になるような内容の本だった。

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【2011/09/07 22:27】 | 読書
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最良にして最も聡明な逸材
カノン
本、読みました。初めて見る用語に手こずったり、漢字が多くて、大変でした(笑)。

のっぽ先生が仰るように、指導層の決断の仕方は、あまり変わらないように思います。
まず結論ありきで、あとは全員一致を目指して、つじつま合わせに奔走する、猪瀬さんは、それが日本的意思決定システムの内実である、と書いています。

総力戦研究所に集められた人々が、昭和16年8月には、日本は必ず敗けるという結論を導き出し、敗戦までの過程も正しく言い当てたのは、彼らが各々の分野を代表する30代の若きエリートだったのみでなく、縦割り社会では、通常見ることのできない客観的な数字を、制限なく扱って分析できた結果だったかもしれない、と思います。
陸軍も海軍も、石油の備蓄量について、日米開戦に誘導するために、かなり都合の良い数字を算出していました。

昭和20年8月15日を境に、大きく変わった彼らの人生についても、興味深く読みました。
あれだけ、Best&Brightestな人々の誰一人として、政治家にならなかったことが、とても印象的でした。
いえ、最良にして最も聡明であったがゆえに、政治家の道を歩まなかったのかもしれませんね。

読んでくれたのですね。嬉しいです。
のっぽ187
カノンさん

読んだのですね。

正直言って、驚きました。

「読書感想文なんて書いたけど、誰も、こんな本、読まないだろうし・・・。まあ、いいか。」位に思っていました。

太平洋戦争について、昔から関心があったのですが、「どうして、こんな無謀な戦争をしたんだろう。」と、ずっと思っていました。だから、負けると分かっていて、日米開戦に及んだのは、やはり驚きでした。

僕も、10年余り、この仕事をしているのですが、ある程度、全貌は見えた気がします。実務経験が10年位の人が集まって、シミュレーションを行うと、どれ位、正確な予想が出来るのだろう、と思い、本を読み進めていたのですが、かなり正確に予想出来ていることを知り(事前に、amazonでレビューを読んでいたので、正確には、予想出来ていることを確認して)、「10年位、一所懸命やったら、取りあえずは、良しかな。」と改めて思いました。

>昭和20年8月15日を境に、大きく変わった彼らの人生についても、興味深く読みました。

そこは、僕も、とても興味深かったです。

個人的には、志村正<海軍大臣>に惹かれました。筋金入りの開戦反対論者であるところ(軍にいて、きちんとした認識を持っていれば、そういう結論に辿り着くだろう)、「日本には大和魂があるが、アメリカにもヤンキー魂があります。」と言って、反論したところ(僕は精神論が嫌いです)、そして復員した後、官職に就かず、碁会所のオヤジになったところが、とても素敵だ、と思いました。

僕も、この9月で39歳になりましたが、p257の「三十九歳にして余生を自覚した彼にも・・・。」のくだりは、深く感じるものがありました。(子供を作るという選択をしなければ、僕にとっても、ここからは余生だと思います。)

僕は、best でも、brightest でもないのですが、年齢が近いということもあって、親近感を抱きました。

●●●

組織の決断ということに関しては、それなりに分かった(と思う)ので、そういった前提で、今後の身の振りを考えて行きたい、と思いました。

>陸軍も海軍も、石油の備蓄量について、日米開戦に誘導するために、かなり都合の良い数字を算出していました。

「インドネシアで採れる石油を船で運んで・・・。」なんて、正直言って、論外だと思いました。

>あれだけ、Best&Brightestな人々の誰一人として、政治家にならなかったことが、とても印象的でした。

そうですね。僕にとっても、それは、意外でした。

読んでません
aki
でものっぽ先生やカノンさんの感想を読んで興味がでてきました。

私のオススメは百田尚樹さんの「永遠の0(ゼロ)」です。(ナオキ繋がり!というわけではありませんが…以前にもおすすめしてたらすみません)
ゼロ戦乗りの祖父のことを調べるうちに、「天才」「臆病者」と相反する評価に戸惑う主人公。徐々に明かされる真実は…
小説ではありますが、パイロットの個性が、ただ戦闘のためだけではなく、それぞれの思いで生き生きと描かれた様に惹きつけられました。そしてゼロ戦の戦いの壮絶さと上層部の無責任さを見るにつけ、今も同じように感じました。

今も昔も、変わらないですね。
のっぽ187
akiさん

以前、お勧め頂いたのですが、まだ、読んでいないです。

>そしてゼロ戦の戦いの壮絶さと上層部の無責任さを見るにつけ、今も同じように感じました。

上層部の無責任さは、今も昔も、ほんと、変わらないですね。

そういう前提の下で、やって行く、というのが、現実的な解ではないか、と考えています。


しろ
のっぽ187先生

室生寺に行く途中に会話させていただいた、
改革派官僚、古賀氏が正論をいつも言ってられると思うな
応援したい !
この方の「官僚の責任」本を買います。


のっぽ187
しろさん

amazonのカスタマーレビューを読みました。内容、良さそうですね。

官僚制度が機能するかどうかが、今後の日本の浮沈の鍵を握る、と僕は考えています。



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生きがいの本質―私たちは、なぜ生きているのか (PHP文庫)生きがいの本質―私たちは、なぜ生きているのか (PHP文庫)
飯田 史彦

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前のエントリーで匿名の方からのコメントに答えるべく、「生きがいの本質」を読み返した。(と言っても、数ページだが。)

本には、しおりの代わりにレシートが挟んであり、2008年7月16日(水)と書かれている。今、思い返しても、精神的にも肉体的にも非常に厳しい時期だったと思う。

赤線を引いてあるところと、その前後を抜粋する。

p21より
人として生きる意味
このような仮説を認めるとすれば、人生で「思い通りにならないこと」ほど、実は貴重な価値を持っていることがわかります。その代表は、次の三つです。

①死ぬということ
②病気になったり身体にハンディキャップ(障害)を持つということ
③人間関係のトラブルで苦悩するということ

p27より
私たちは、なぜ生まれてくるのか・・・それは、生まれてこなければ経験できない貴重な学びの機会があるからこそ生まれてくるのであり、その機会、つまり「死」や「病気」や「人間関係」などの「思い通りにならないこと」を通じて学ぶことこそが、人間として生きる目的・意義・意味なのだと言えるでしょう。

p28より
もう一度、確認しましょう。「思い通りにならないこと」こそが、この物質世界が持つ最高の価値なのではないでしょうか。そして私たちは、「思い通りにならない」という「価値ある現実」から出発して、「思い通りにならない人生」をいかに正しく苦悩しながら生き、ふだんは思い通りにならないからこそ時おり出会うことができる「願いがかなうという喜び」を、いかに正しく味わって感謝するかということを、日々の人間生活の中で学んでいるのではないでしょうか。
それが、この物質世界で人間として生きることの意味であり、人生とは、「思い通りにならない」からこそ価値があるのです。

正直言って、そこまで僕は達観できないのだが(身体に障害があると不便だと感じるし、人間関係の苦悩はできるだけ避けたい)、こういった人生観が「厳しい状況を受け容れる」上で大きく役に立つことは間違いがないと思う。

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【2010/09/18 02:31】 | 読書
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柴犬
昨日、職場に行って仕事復帰の件伝えてきました。のっぽ先生にアドバイスも頂いてましたので、参考にしつつ希望を伝えました。「家に居たら鬱々とするやろ。出ておいで」と言ってもらえました。ゼローダの副作用どれ位でるか分かりませんが、ぼちぼち頑張ってみます。


のっぽ187
柴犬さん

良かったですね。

副作用は、出たら出た時だと思います。

僕自身、「再発する可能性は高いだろうな。」と思いながら、今、勤めている病院に就職をし、1年2ヶ月、仕事を続けることが出来ました。(2回目の手術を受けてからも、数日、勤務したのですが、受け持っていた患者さんは殆ど手放した状態での勤務でした。)

何とかなると思います。


柴犬
「副作用は出たら出た時」
「何とかなる」
すごく励みになりました。さすが精神科医の先生だなぁと。のっぽ先生の体験談も読んでいて頑張っていこうという気持ちになりました。ありがとうございます(^-^)


のっぽ187
柴犬さん

お役に立てて、良かったです。

柔軟性を保つ
カノン
いつも思うのですが、「精神的にも肉体的にも非常に厳しい時期」に、本を読んで、その内容に心を動かされる感性の豊かさと純粋さが、のっぽ先生のすごいところです。そういう時は、思考が硬直して、何か新しいものを取り入れたり、感動したりすることは、とても難しいと思うのです。

飯田先生の著書は読んだことがないのですが、引用してくださった内容を拝見して、「夜と霧」や「それでも人生にイエスと言う」の著者フランクルが、病気や死について、説いている内容を思い出しました。

富と名声を得た精神科医としてのフランクルの姿しか知らなければ、何となく綺麗事に聞こえてしまいますが、第2次世界大戦中、アウシュビッツやダッハウなど、4つのナチスの強制収容所をたらい回しされて生還したことが、どれほどの奇跡か思いを馳せる時、その言葉の重さが心に響きます。

加賀乙彦著「不幸な国の幸福論」(集英社新書)で、フランクルの思想が、次のように要約されています。

もし運命があなたを苦しめるのなら、その苦しみを引き受けることに、二つとない何かを成し遂げる、たった一度の可能性がある。人間が生きることには、常に、どんな状況にも意味がある。苦しむことにも意味があるのだ。だから、人生に期待するのをやめて、人生から自分が何を期待されているかを考えよう。(引用終わり)

ドイツの詩人ヘルダーリンは、「自分の不幸を足元にするとき、私は一層高く立つ」と記しています。フランクルにしろヘルダーリンにしろ、すばらしく高貴だとは思いますが、私自身は逆境にあって、そんなに立派には生きられないなあ、と思います。

ただ、逆境にあって、硬直してうずくまってしまうであろう時に、のっぽ先生の持っていらっしゃる柔軟性は、きっと大事だ、とひしひしと感じます。


長所で勝負する。
のっぽ187
カノンさん

当時は、藁にもすがる思いでした。

>私自身は逆境にあって、そんなに立派には生きられないなあ、と思います。

全くもって、同感です。

自分で言うのもなんですが、柔軟なところが僕の取り得だと思っています。(興味のないことを勉強していると、すぐに飽きてしまうのは、短所でしょう。)

長所で勝負する方が、「短所をカバーして」という戦略より、いい結果が出せるのではないか、と最近、考えているのですが、その考えに一つのヒントを与えてくれるコメントでした。

ポート抜去
柴犬
度々質問させて頂いてすみません。folfoxを行う際、ポートを右鎖骨下に埋め込んだのですが、治療後は抜去しようと思っています。抜去の際は医療保険適用外なのでしょうか?一度抜去すると再度埋め込みは不可なのですか?またのっぽ先生は留置されたままなのでしょうか?

分かる限りでお答えします。
のっぽ187
柴犬さん

僕は留置したままです。

抜去は、多分、保険が効くと思います。(僕は、研修医をしていた数ヶ月間しか、外科をしていないので、正確には分からないのですが。)

外来での抜糸は、保険が効いたと思うので(これも、正確には分からないです。)、ポートの抜去も、保険が効くのではないか、と考えた次第です。

>一度抜去すると再度埋め込みは不可なのですか?

内科と外科は、研修医時代しか、していないので、その当時の経験から、「こうではないか。」と推測するだけですが。

次回は、左鎖骨下静脈に入れると思います。その次、どうするのかは、もっと分からないのですが、右鎖骨下静脈は、その時点では、修復されている(手を切っても、自然に治るように)と思うので、また右からアプローチするのではないか、と思います。

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